縦断的研究による双極性障害の炎症性サイトカインと気分障害の症状との関連

ACTA PSYCHIATR SCAND, 147, 81-91, 2023 A Longitudinal Study of the Association between Pro-Inflammatory Cytokines and Mood Symptoms in Bipolar Disorder. Huang, M.-H., Chan, Y.-L. E., Chen, M.-H., et al.

背景

免疫系とそれに関連する炎症性マーカーの変化は,双極性障害の発症と進行に関する病態生理の解明に役立つ因子である可能性がある。想定される機序としては,炎症性サイトカイン自体がうつ病の症状を促進させたり,炎症性サイトカインが興奮毒性,モノアミン神経伝達の変化,シナプス可塑性の妨害,神経保護因子の減少などの脳内への影響を引き起こしたりするという仮説が考えられている。

今までの双極性障害と炎症性マーカーとの関連の検討は,一時点での横断的研究で行われてきた。また,炎症性マーカーの測定はより信頼できるサイトカインの受容体の濃度ではなく,サイトカイン自体の濃度を用いてきた。

今回の研究ではこれらの点を改善し,縦断的研究にてサイトカインの受容体の濃度を用いることによって,気分障害の症状の変化と炎症性サイトカインの変化との関連について調べた。

方法

台北栄民総医院病院の精神科外来にて,精神科医によって診断された132名の双極性障害の患者を組み入れ,基準時点と約12ヶ月後の追跡時点の2時点で以下の測定を行った。

精神症状の評価には,抑うつに対してはMontgomery Åsberg depression rating scale(MADRS),躁に対してはヤング躁病評価尺度(Young mania rating scale:YMRS)を用いた。炎症性マーカーに関しては,可溶性インターロイキン6受容体(sIL-6R),可溶性腫瘍壊死因子α受容体タイプ1(sTNF-αR1),単球走化性促進因子(MCP-1),C-反応性タンパク(CRP)を測定した。

統計解析に関しては,基準時点の気分障害の重症度を予測因子として追跡時点の炎症性マーカーを被説明因子とした解析,次にはその逆に基準時点の炎症性マーカーを予測因子として追跡時点の気分障害の重症度を被説明因子とする解析の,両方向性の縦断的解析を行った。また,上記の解析に関して抑うつ気分と正常の気分の状態での違いを調べた。更に,薬物療法の内容(リチウムと抗精神病薬,バルプロ酸と抗精神病薬,それ以外の気分安定薬と抗精神病薬)による炎症性サイトカインの濃度の違いについても調べた。

結果

基準時点で抑うつ状態であった65名では,基準時点のMADRS総評点が追跡時点のsTNF-αR1濃度と正の相関を示した。基準時点では抑うつ状態であり,後に抑うつ状態が改善した17名では,基準時点のMADRS総評点(p=0.038)とMADRSの下位項目である悲しみの評点(p=0.004)が追跡時点のsTNF-αR1濃度と正の相関を示した。

基準時点に正常の気分の状態であり後に抑うつ状態を呈した22名では,基準時点のsTNF-αR1濃度が追跡時点のMADRSの悲しみの評点と正の相関を示した(p=0.009)。

薬物療法の種類による検討では,リチウムでは他の気分安定薬と比較すると,追跡時点のsTNF-αR1濃度をより強く下げる効果が認められた(p=0.032)。

考察

本研究にはいくつかの限界がある。本研究では2時点での測定に限られているため,気分障害及び炎症性マーカーの経時的な変化を分析するには十分ではなかった。また,本研究には躁状態を呈する双極性障害の患者が含まれていなかった。更に,気分障害を持つ患者で健常者よりも出現しやすい喫煙,不眠,社会心理的なストレス,幼少期の虐待といった炎症と関係する因子を考慮していなかった。その他,健常対照群がないこと,追跡時点の向精神薬の内容は解析時に考慮されていなかったことも問題である。これらの問題はあるものの,本研究の結果から,抑うつ症状と炎症性マーカーの間の両方向性にわたる密接な関連が示された。

260号(No.2)2023年5月30日公開

(船山 道隆)

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