小児・青年期における重篤な細菌感染後の大きな精神障害のリスク:全国的な縦断研究

NEUROPSYCHOBIOLOGY, 81, 539-549, 2022 Risk of Major Mental Disorder after Severe Bacterial Infections in Children and Adolescents: A Nationwide Longitudinal Study. Hsu, T.-W., Chu, C.-S., Tsai, S.-J., et al.

背景

精神障害の病因には,遺伝的多様性や環境の影響による多数の相互作用が関与していることを示す研究が増えている。妊娠期・新生児期・小児期は中枢神経系の発達に重要な段階で,これらの時期に外的な刺激を受けると,生涯にわたる影響が生じる可能性がある。いくつかの疫学研究では,胎児の母体感染への曝露や小児期の細菌感染が,統合失調症,自閉症,うつ病などの大きな精神障害(MMD)と関連していることを示している。

特に重要なのは,様々な病原体が特定の病理学的機序を介して精神保健に影響を与え,精神症状やMMDを引き起こすことである。たとえば,Streptococcus感染に関連した小児自己免疫性神経精神障害(PANDAS)の機序としては,血中の自己抗体が脳に入り,神経伝達物質受容体に結合することが示唆されている。一方で,Mycoplasma肺炎感染による精神症状の機序としては,免疫誘導血管障害と血管炎が示唆されている。このように,特定の病原体とそれらが引き起こすMMDとの関係を特定することは,将来の研究において,考えられる機序を調査し,管理戦略を開発する上で役立つ可能性がある。しかし,現時点では,小児・青年期における細菌性病原体とMMDとの関連に関する研究は行われていない。

そこで筆者らは台湾の国民健康保険研究データベース(National Health Insurance Research Database:NHIRD)からデータを使用し,小児・青年期における細菌感染後のMMDのリスクを調査するため,縦断研究を実施した。そして病原体が異なれば,MMDのリスクも異なるという仮説を立てた。

方法

台湾の国立健康研究所が監査し公開したNHIRDデータベースを使用した。1997年1月1日~2012年12月31日に細菌感染の入院診断を受け,MMDの既往歴及び向精神薬曝露歴のない,12歳未満の小児と12~19歳の青少年を対象とした。Streptococcus,Staphylococcus,Pseudomonas,Klebsiella,Hemophilus,Mycoplasma,Tuberculosis,Meningococcus,Escherichia,Chlamydia,Scrub typhusを対象の感染症とした。MMDについては,自閉スペクトラム症(ASD),注意欠如・多動症(ADHD),統合失調症,双極性障害,うつ病,強迫症(OCD),チック障害を対象とした。複数の群間の比較には,連続変数にはF検定,カテゴリカル変数にはPearsonのカイ二乗検定を使用した。また新規MMD発症に関してはCox回帰分析を行った。

結果

14,024名の感染症患者と56,096名の非罹患者が組み入れられた。細菌感染患者は非罹患者よりも,その後のASD(0.40% vs 0.00%,p<0.001),ADHD(3.90% vs 0.50%,p<0.001),統合失調症(0.10% vs 0.00%,p=0.004),双極性障害(0.10% vs 0.00%,p<0.001),うつ病(0.70% vs 0.30%,p<0.001),OCD(0.10% vs 0.00%,p=0.005),チック障害(0.70% vs 0.10%,p<0.001)の発症率が高いことが明らかとなった。細菌感染はASD[ハザード比(HR):13.80,95%信頼区間(CI):7.40-25.75],ADHD(HR:6.93,95%CI:5.98-8.03),OCD(HR:3.93,95%CI:1.76-8.76),チック障害(HR:6.19,95%CI:4.44-8.64),双極性障害(HR:2.50,95%CI:1.28-4.86),うつ病(HR:1.93,95%CI:1.48-2.51)のリスクを上昇させた。Streptococcus感染患者は全てのMMD(統合失調症を除く)の発症リスクと向精神薬への曝露リスクが高く(HRの範囲: 2.17~17.05),Mycoplasma感染患者は全てのMMD(統合失調症と双極性障害を除く)の発症リスクと向精神薬への曝露リスクが高かった(HRの範囲:2.62~14.01)(表)。

また脳膿瘍患者は,ASD,ADHD,チック障害,双極性障害,ADHD薬・抗うつ薬・抗精神病薬への曝露リスクが高かった。細菌感染による入院回数とADHDのリスクの間には,用量反応の関係が見られたが,他のMMDや向精神薬への曝露との間にはこのような関係は見られなかった。

結論

本研究により,細菌感染後に統合失調症以外の六つのMMD(ADHD,ASD,チック障害,OCD,双極性障害,うつ病)のリスクが上昇することが明らかになった。また,MMDのリスクは病原菌間で異なっていた。

表.細菌感染患者と対照における精神障害の発症リスクと向精神薬への曝露

260号(No.2)2023年5月30日公開

(和田 真孝)

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