治療歴のない初発のうつ病における皮質形態的類似性ネットワーク勾配のトランスクリプトームシグネチャー

NEUROPSYCHOPHARMACOLOGY, 48, 518-528, 2023 Transcriptional Signatures of the Cortical Morphometric Similarity Network Gradient in First-Episode, Treatment-Naive Major Depressive Disorder. Xue, K., Guo, L., Zhu, W., et al.

背景

近年,脳の特徴を低次元の多様体表現として,勾配という連続的なスペクトルを記述するための階層的な整理軸に変換することができるようになった。機能的結合性の勾配は,知覚・行動から抽象的認知までの機能スペクトルを反映しており,先行研究では,うつ病患者において機能的結合性の勾配や構造的なネットワーク勾配に変化を伴うことが明らかになっている。

最近では,皮質領域間の類似性を定量化するために,個人間の単一の核磁気共鳴画像(MRI)上の特徴の領域間相関を測定する代わりに,複数の個々の形態的特徴を組み合わせることによる「形態的類似性」が提唱されている。形態的類似性ネットワークの接続は,神経生物学的に関連する経路に多い遺伝子の脳全体の発現と高い相関がある。更に,形態的類似性ネットワークは,脳の構造変化と転写データを結びつける神経画像表現型として捉えることができる。しかし,うつ病患者と健常対照者の間で皮質形態的類似性ネットワーク勾配に差があるかどうか,また,勾配の変化と遺伝子発現との関係は,よくわかっていない。

方法

本研究は,天津医科大学総合病院の倫理委員会の承認を得て実施した。初発で治療歴のないうつ病患者71名(17項目版ハミルトンうつ病評価尺度の合計評点が18点以上)と,人口統計学的にマッチした健常対照者69名において,形態的類似性ネットワークを構築し,その勾配を算出して群間比較を行った。また,Allenヒト脳アトラス(AHBA)データベースを用いて,うつ病関連の主要な形態的類似性勾配の変化と解剖学的にパターン化された遺伝子発現を部分最小二乗法回帰で関連付けた。

結果

うつ病患者の勾配は健常対照者と比較して,主に感覚運動領域で有意に減少しており(p=1.14×10-2),視覚関連領域では増加していることがわかった。更に,左中心後回と右舌状回における主要な形態的類似性ネットワーク勾配の変化は,症状の重症度と有意な相関を示した。

また,うつ病死後脳で発現が低下している遺伝子は,主要な形態的類似性勾配スコアが低下した皮質領域で過剰発現しており,異なる細胞タイプや皮質層で選択的に発現していた。

結論

うつ病患者では健常者と比べて主要な形態的類似性ネットワーク勾配の変化が存在し,これらの変化は遺伝子発現と空間的に関連することが示された。本研究の結果から,うつ病の基礎となる構造変化の分子メカニズムが示唆された。

261号(No.3)2023年7月31日公開

(谷 英明)

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