高齢者の健康的なライフスタイルと記憶力低下との関連：10年間にわたる住民ベースの前方視的コホート研究

BMJ, 380, e072691, 2023 Association Between Healthy Lifestyle and Memory Decline in Older Adults: 10 year, Population Based, Prospective Cohort Study. Jia, J., Zhao, T., Liu, Z., et al.

記憶力の低下は，認知症以外に正常の老化でも認められ，種々の要因が関与しているため，予防や緩徐化が可能と考えられている。特にライフスタイルは修正可能な因子であるが，健康的なライフスタイルが記憶力に及ぼす影響を縦断的に評価した研究は乏しい。更に，健康的なライフスタイルと，アポリポタンパクE（APOE）ε4遺伝子型の存在で示される遺伝的リスクとの相互作用については，先行研究では考慮されていない。

本研究で著者らは，健常高齢者と遺伝的リスクを有する高齢者における，健康的なライフスタイルと記憶力低下との関連について調査した。

中国の大規模人口コホート研究である中国認知・加齢研究（China Cognition and Ageing Study：COAST）のデータを使用し，2相から成る研究を行った。登録は2009年に開始し，第1相では60歳以上で致命的な疾患や難聴，視力低下のない高齢者を組み入れた。第2相では第1相のうちAPOEε4遺伝子型の情報を有し，軽度認知障害及び認知症のない参加者を組み入れた。対象者を死亡か中断，または2019年12月まで追跡し，健康的な食生活（対象食品12種のうち少なくとも7種の推奨された摂取），定期的な運動（週に中強度の運動150分以上または高強度の運動75分以上），活発な社会的接触（週に2回以上），活発な認知活動（週に2回以上），喫煙なしまたは過去の喫煙歴あり，飲酒なし，の6項目のライフスタイルを評価した。これらのうち4～6個がある者は良好群，2～3個がある者は平均群，0～1個がある者は不良群に分類した。記憶力は聴覚言語性学習検査（Auditory Verbal Learning Test：AVLT），全般的認知機能はミニメンタルステイトテスト（Mini-Mental State Examination：MMSE）により評価した。追跡調査は2012年，2014年，2016年，2019年に行った。

線形混合モデルを用いて，記憶力に対するライフスタイルとAPOEε4遺伝子型の影響を調査した。

対象者は29,072名（平均72.23歳，女性48.54％）で，APOEε4保有者は20.43％であった。10年間の追跡期間中，死亡による脱落は7,164名，他の理由による脱落は3,567名であった。

追跡期間中，良好群では，不良群よりも記憶力の低下は緩やかであった（0.028点/年，95％信頼区間（CI）：0.023-0.032，p＜0.001）。APOEε4保有者のうち，良好群と平均群では，不良群よりも記憶力の低下は緩やかであった（良好群0.027点/年，95％CI：0.023-0.031；平均群0.014点/年，95％CI：0.010-0.019）（図下段）。APOEε4非保有者においても，良好群と平均群では良好群に比し記憶力の低下は緩やかであった（良好群0.029点/年，95％CI：0.019-0.039；平均群0.019点/年，95％CI：0.011-0.027）（図上段）。APOEε4とライフスタイルとは，記憶力の低下に対して有意な相互作用を示さなかった。

本研究によって，健康的なライフスタイルは，APOEε4の存在にかかわらず，記憶力の低下の緩徐化と関連することが示された。

本研究の限界として，ライフスタイルの調査が自己報告によること，データの欠測や追跡評価に参加しなかったことによる脱落例が存在すること，不健康な人が研究に参加することは少ないため，不健康なライフスタイルの人の割合が過小評価されているかもしれないこと，研究登録以前のライフスタイルが記憶力へ及ぼす影響が評価できないこと，記憶機能を総合的に反映していない神経心理学的検査によって記憶力を評価していること，検査を繰り返したために学習効果を生じ結果に影響している可能性があること，記憶力の問題は若年者にも起きること，が挙げられる。

本研究は，高齢者を記憶力の低下から守る上で重要な情報を提供しているかもしれない。

261号（No.3）2023年7月31日公開

（久江 洋企）

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