2022年に起きたロシアによる侵攻の初期段階におけるウクライナのメンタルヘルスサービス

BR J PSYCHIATRY, 222, 82-87, 2023 Mental Health Services in Ukraine During the Early Phases of the 2022 Russian Invasion. Goto, R., Pinchuk, I., Kolodezhny, O., et al.

背景

ウクライナでは,ロシアに侵略される以前から,精神医療の需要が高かったが,資源が限られていた。ウクライナの医療制度は,人々の精神科医療の需要が大きいにもかかわらず,戦争によって多くの部分が機能不全に陥っている。このような需要に応えるための継続的なケアを怠れば,公衆衛生の危機を悪化させることになりかねない。

そこで,全国の精神保健施設のデータを用いて,2022年5~6月時点のウクライナの精神保健施設の存続可能性と需要を評価することを目的として本研究を行った。

方法

2022年5~6月時点のウクライナのメンタルヘルスサービスの状況を把握するため,ウクライナの入院精神保健施設の責任者にオンライン質問票を配布し,横断的な調査を実施した。

ウクライナの全25地域の主要な61の精神科病院に,オンラインメッセージで連絡し,本研究への参加を促した。データは2022年5月2日~6月2日に収集した。2022年の侵攻開始前(2022年1月)と侵攻中(2022年4月)の,各施設におけるメンタルヘルスサービスに関する以下の情報を収集した。すなわち,入院床数,入院総数,戦争関連の心的外傷による入院,スタッフ数(精神科医,看護師,准看護師,心理士,ソーシャルワーカー),負傷した職員の数,避難民数,自分の施設がロシア軍に直接占領されたかどうか,受けた人道支援(医薬品,食料など),その他必要な支援などである。

結果

ウクライナの全精神科病院の52.5%を占める32施設(主要地域施設25施設,小規模地域施設7施設;回答率86.5%)の責任者から回答を得た。1施設当たりの平均入院床数は394.6床で,ロシアによる侵攻中(2022年4月)の入院は侵攻前(2022年1月)と比較して少なく(月当たり324.8 vs 424.4,p=0.002),施設全体で入院は23.5%減少していた。

入院患者数が減少した施設はウクライナ全土に分散していたが,最も減少した施設は,ロシア軍に占領された東部地域に集中していた(図a)。2022年4月の入院患者のうち,戦争に対する心的外傷に関連する入院患者は施設全体で9.6%であった。心的外傷に関連する入院患者の割合が最も多い施設は,ロシアの直接の占領下にない地域にあり,その割合は30.0%にも上った (図b)。

侵攻中は侵攻前と比較して,看護師(1施設当たり125.1人 vs 143.5人,p=0.01),准看護師(1施設当たり138.5人 vs 161.1人,p=0.03),心理士(1施設当たり5.5人 vs 12.1人,p=0.03)の数が少なかった。

施設全体では,医療従事者全体の9.1%が離散し,0.5%が負傷し,ある施設では45.6%の医療従事者が負傷したと報告されている。離散した医療従事者がいる施設は,主に東部地域の周辺に集中しており,その一部はロシア軍によって直接占領された(図c)。

結論

本研究では,2022年のロシアによる侵攻によってウクライナのメンタルヘルスサービス構造が大きなダメージを受けたことが示された。人道的支援は全国の施設に提供されているが,需要はほとんど満たされておらず,多くの施設が職員増員の必要性を強調している。侵略の中で高まるメンタルヘルスサポートの需要に対応するために,どのような介入が効果的であるかを評価するために,更なる研究が必要である。

図. 2022年ロシア侵攻時のウクライナにおけるメンタルヘルスサービスの変化を示した比例記号マップ

261号(No.3)2023年7月31日公開

(大谷 愛)

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