統合失調症患者61,889名の全国コホートにおける抗精神病薬の多剤併用療法と単剤療法の安全性の検討

AM J PSYCHIATRY, 180, 377-385, 2023 Safety of Antipsychotic Polypharmacy Versus Monotherapy in a Nationwide Cohort of 61,889 Patients With Schizophrenia. Taipale, H., Tanskanen, A., Tiihonen, J.

背景

身体医学において,最適な効力と忍容性を得るために異なる薬理メカニズムを持つ薬剤を組み合わせる多剤併用療法は一般的であるが,抗精神病薬においては多剤併用療法の利点も安全性もほとんど知られていない。多剤併用療法の検討にあたっては,無作為化対照試験(RCT)は無数の組み合わせや長期的な安全性を調べる必要があることから不向きであり,長期間かつ全国規模の観察研究が有用であると考えられた。

目的

本研究の目的は,非精神病性入院及び心血管系入院で示される治療の安全性を,抗精神病薬の多剤併用療法と単剤療法において,特定の用量区分ごとに比較し検討することである。

方法

統合失調症患者61,889名をフィンランドの全国入院患者登録から特定し,1996~2017年の期間にわたって追跡調査した。

非精神病性入院及び心血管系入院で示される重度の身体的疾患リスクについて,七つの用量区分[定義1日用量(DDDs)で,0.4未満,0.4以上0.6未満,0.6以上0.9未満,0.9以上1.1未満,1.1以上1.4未満,1.4以上1.6未満,1.6以上]に分けて,抗精神病薬の多剤併用療法と単剤療法を比較した。用量区分は,臨床的に最も頻繁に使用される量(0.5,1.0,1.5DDDs/日)を中心に設計されており,用量の小さな変動を許容している。

選択バイアスを排除するために被験者内解析を実施した。

結果

コホート組み入れ時の平均年齢は46.7歳(標準偏差=16.0),男性は31,104名(50.3%),追跡期間の中央値は14.8年(IQR=7.4~22.0)であった。追跡期間中,単剤療法は観察人‐時で45.9%,多剤併用療法は観察人‐時で33.8%,抗精神病薬不使用は観察人‐時で20.3%を占めた。

追跡期間中に,45,013名で非精神病性入院,13,893名で心血管系入院が認められた。単剤療法と多剤併用療法の両方を使用したことがある患者における非精神病性入院のリスクは,1.1DDDs/日以上の全ての用量区分で,同じ用量区分の単剤使用中に比べ多剤併用療法時に有意に低く,その差は最大で13%であった[1.1以上1.4未満DDDs/日の場合,補正後ハザード比(aHR):0.91,95%信頼区間(CI):0.87-0.95;1.4以上1.6未満 DDDs/日の場合,aHR:0.91,95%CI:0.86-0.96;1.6 DDDs/日以上の場合,aHR:0.87,95%CI:0.84-0.89]。心血管系入院のリスクは,1.6DDDs/日以上の場合にのみ,単剤療法よりも多剤併用療法で有意に低かった(-18%,aHR:0.82,95%CI:0.72-0.94)。いずれの用量区分においても,単剤療法は対応する多剤併用療法と比較して統計学的に有意な優越性を示さなかった。また,同一人物において,単剤療法と不使用の比較,多剤併用療法と不使用の比較の結果は,多剤併用療法と単剤療法の比較の主要な結果と一致するものであった。全ての用量区分を合算した上での多剤併用療法(中央値1.54 DDDs/日,IQR=0.91-2.45)と単剤療法(中央値0.80 DDDs/日,IQR=0.39-1.33)の比較では,非精神病性入院(aHR:0.99,95%CI:0.97-1.00)または心血管系の入院(aHR:0.98,95%CI:0.92-1.05)について,有意な差は認められなかった。

考察

本研究は,統合失調症治療における抗精神病薬の多剤併用療法と単剤療法の安全性を,特定の用量区分で比較検討した初めての研究である。

本研究の限界としては,RCTではないため残留交絡が懸念される。また,身体疾患のうち薬物副作用の正確な割合はわからなかった。更に,処方箋に基づいた解析であるため実際の使用状況は不明であったが,血中濃度解析によって補われた。ただし,切り替え前の処方薬を使い切る前に治療法が切り替わり,その直後に入院となった場合,入院の原因となった治療法が誤認された可能性は残る。加えて,多くの副作用は遅れて発症するため,これも原因となった治療法の誤認に繋がる。そのため統計解析では,抗精神病薬治療の時間的順序だけでなく,コホート参加からの時間を補正した。その他,多剤併用療法の患者が集中的にモニタリングされて入院のリスクに影響した可能性も否定できない。

結論

抗精神病薬単剤療法は,抗精神病薬多剤併用療法と比較して,重度の身体的健康問題による入院リスクの低下と関連しないことが示された。治療ガイドラインは,安全性に関するエビデンスが存在しないまま,抗精神病薬多剤併用療法よりも単剤療法の使用を優先して推奨するべきではない。

262号(No.4)2023年9月27日公開

(下村 雄太郎)

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