精神病発症の臨床的高リスク患者における炎症性サイトカインの変化

NEUROPSYCHOBIOLOGY, 82, 104-116, 2023 Changes in Inflammatory Markers in Clinical High Risk of Developing Psychosis. Zhang, T., Zeng, J., Wei, Y., et al.

背景

精神病発症には炎症が関連することが示されているが,臨床的高リスク群(CHR)の炎症性サイトカインを縦断的に評価した研究は少ない。先行研究ではCHRにおけるインターロイキン(IL)-6の大幅な増加,IL-2の減少が報告され,別の研究ではIL-6が有意に増加し,陰性症状の重症度と正の相関があることが報告されている。しかし,これらの研究は横断的なデザインで,症例数が少なく,追跡後に炎症性サイトカインを再測定していないなどの限界がある。

本研究では,CHRと健常者(HC),CHRから精神病への移行者と非移行者との間で,精神病発症の経過に伴う炎症性サイトカインの差と変化を評価することを目的とした。そのため,横断的,縦断的,対照観察デザインを組み合わせて,IL-6,IL-2,IL-1β,IL-10,IL-8,TNF-α,マクロファージコロニー刺激因子(GM-CSF),神経栄養因子である血管内皮増殖因子(VEGF)などの炎症性サイトカインの変化を探索した。

方法

2016年1月~2021年6月に上海精神保健センターで募集されたCHR 394名及び,同期間に地域から募集された100名のHCを対象とした。参加者全員が臨床評価を受けた時点で向精神薬を投与されておらず,薬物乱用はCHRの組み入れ除外基準の一つであるため,薬物乱用や依存の既往がある者も含まれていなかった。

主要転帰は精神病への移行とし,精神病前駆状態に対する構造化面接(Structured Interview for Prodromal Syndromes:SIPS)の基準を用いて判定した。合計263名が1年間の追跡期間を終了し,このうち,88名が追跡調査のための血清サンプルを提供した。炎症性サイトカインについては,基準時点及び1年後に,GM-CSF,IL-10,IL-1β,IL-2,IL-6,IL-8,TNF-α,VEGFを測定した。

1年間の追跡調査を完了したCHRの263名を,精神病に移行した群(移行群)と移行しなかった群(非移行群)に分類した。

結果

1年間の追跡調査を完了した263名のCHRのうち,47名が精神病に移行した。移行群は,非移行群に比べ,男性が多く(p=0.025),一般的生活機能が低く(p=0.002),陰性症状(p=0.006)や前駆症状(p=0.019)も強かった。CHR群とHC群における基準時点の炎症性サイトカインはいずれにおいても有意差はなかった。

HCとCHRの移行群と非移行群の間で,基準時点における炎症性サイトカイン濃度をZスコアを用いて比較したところ,移行群では,非移行群と比べてIL-10(p=0.010),IL-2(p=0.023),IL-6(p=0.012)が有意に低く,HC群と比べてIL-6(p=0.034)が有意に低かった。

縦断的観察では,移行群では,IL-2値が有意に上昇(p=0.028),非移行群ではTNF-α(p=0.017)及びVEGF(p=0.037)値が有意に上昇していた。

混合線形効果モデルを用いて,CHRにおける炎症性サイトカインの基準時点から1年後までの変化が,その後の転帰と関連するかどうかを調査したが,いずれの炎症性サイトカインにおいても,1年後の変化と転帰には有意な関連が見られなかった。

考察

本研究は,大規模なCHRコホートにおいて,1年間の追跡調査で,比較的豊富に存在する炎症性サイトカインについての動的変化を調べた最初の研究である。

本研究の限界としては,①移行群はサンプルサイズが小さく,1年間の追跡調査中に採血を拒否した患者もいたため,本研究はサンプリングエラーの影響を受けやすく,検出力が低下し,縦断解析におけるタイプIIエラーの可能性が高くなったこと,②解析に含まれた対象者は解析から除外された対象者と臨床特性が異なり,このことにより統計学的検出力が低下し,結果に偏りが生じている可能性があること,③性別や抗精神病薬の使用などが交絡因子となっている可能性があること,が挙げられる。

結論

炎症性サイトカインの変化は,CHRの精神病の初回エピソードに先行する。そして,その変化は後に精神病に移行した者において顕著であった。免疫・内分泌・精神病理学的メカニズムの時系列,相互作用,因果関係については,今後更に解明する必要がある。

262号(No.4)2023年9月27日公開

(内田 貴仁)

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