うつ病及びうつ病の治療と関連する認知症の発症リスク:354,313名の前方視的コホート研究

BIOL PSYCHIATRY, 93, 802-809, 2023 Depression, Depression Treatments, and Risk of Incident Dementia: A Prospective Cohort Study of 354,313 Participants. Yang, L., Deng, Y.-T., Leng, Y., et al.

はじめに

うつ病は認知症の危険因子の4%を占める疾患であり,その危険因子の中でも治療可能であることが特記すべき点である。従って,うつ病の治療は間接的に認知症の発症率を低下させている可能性がある。しかし,過去の研究からはこの点について一定の結果は得られていない。この問題を研究する上で重要な点は,過去の研究では考慮されていなかったうつ病の経過と認知症の発症の関連を調べることである。

本研究では,うつ病の経過及び治療法と認知症の発症リスクとの関連を,大規模集団ベース前方視的コホート研究にて調べた。

対象と方法

2006~2010年の期間に英国バイオバンクのデータから,認知症のない50歳以上の354,313名を組み入れた。基準時点でのうつ病とその後の認知症の発症の関係を求めるために,観察期間内にうつ病を発症した例,治療抵抗性のうつ病の例,十分なうつ病の治療がなされていない可能性のある(追跡終了時点の2年前以内にうつ病の治療が開始された)例は除外した。うつ病の存在と認知症の発症はICD-10のコードによって診断し,うつ病は寛解・軽度・中等度・重度に分類した。その分類を用いて全患者のうつ病の経過を悪化群・軽快群・慢性重度群・慢性軽度群の四つの経過サブグループに分けた。うつ病の治療に関しては,治療の有無ごと,及び治療サブグループ(抗うつ薬の使用,心理療法への参加)ごとに,認知症リスクの解析を行った。

統計手法は,Cox比例ハザードモデルを用いて,認知症の発症リスクを既存のうつ病の有無,経過サブグループ,治療サブグループごとに調べた。

結果

基準時点でうつ病が認められた46,280名の中で725名(1.6%)が認知症を発症した。一方,基準時点でうつ病が認められなかった308,033名の中では3,768名(1.2%)が認知症を発症した。従って,うつ病群は非うつ病群と比較してハザード比(HR)1.51[95%信頼区間(CI):1.38-1.63]と,認知症の発症リスクが高かった。経過サブグループでの解析においては,うつ病が認められなかった患者と比べ,認知症発症のHR(95%CI)は悪化群が2.95(2.43-3.58),慢性軽度群が1.98(1.54-2.55),慢性重度群が1.79(1.32-2.42)といずれも発症リスクが高く,軽快群では0.84(0.56-1.24)と認知症の発症リスクとの関係は認められなかった。

46,280名のうつ病群のうち22,128名がうつ病の治療を受けたが,治療をしなかった群と比べて治療群における認知症の発症リスクのHRは0.69(95%CI:0.62-0.77)と低かった(p<0.001)。治療サブグループごとでは,治療をしなかった場合と比較した認知症の発症のHR(95%CI)は薬物療法群0.77(0.65-0.91)(p=0.002),心理療法群0.74(0.58-0.94)(p=0.01),薬物療法+心理療法群0.62(0.53-0.73)(p<0.001),といずれの治療のサブグループでも認知症の発症リスクは低かった。

経過サブグループ別及び治療の有無別の解析では,治療なしの場合と比べて治療を行った場合の認知症発症のHR(95%CI)は悪化群が0.68(0.52-0.89),慢性軽度群が0.72(0.53-0.98)と,治療した方が認知症の発症リスクは低かったが,慢性重度群及び軽快群ではその関連は有意でなかった。

考察

本研究は,診断コードを用いた研究ではあるものの,既存のうつ病と認知症の発症に関係があるという結果を示した。うつ病の経過の中では,悪化する場合と慢性的に経過する場合はその関係が強かった。更に,治療によって認知症の発症リスクが低くなり,その保護的な効果はうつ病の経過が悪化する場合に最も顕著であった。これらの結果は,認知症の予防において,適切なタイミングでうつ病の治療を行う必要性を示すものである。

262号(No.4)2023年9月27日公開

(船山 道隆)

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