心的外傷性ストレスにより引き起こされる情動的な記憶変化におけるエストロゲン受容体の役割

PSYCHOPHARMACOLOGY, 240, 1049-1061, 2023 The Role of Estrogen Receptor Manipulation During Traumatic Stress on Changes in Emotional Memory Induced by Traumatic Stress. Biddle, M., Knox, D.

背景

心的外傷後ストレス障害(post-traumatic stress disorder:PTSD)は米国人口における有病率が7.8%の,重度の精神障害である。心的外傷体験後に女性は男性よりも2倍PTSDを発症しやすく,これは女性が心的外傷性ストレスに対して異なる感受性を持っていることを示唆している。しかし,このストレス反応の性差のメカニズムはまだわかっていない。

血管性エストロゲンの周期的な変化が心的外傷性ストレスの影響を変える因子として寄与している可能性があるため,本研究はこの検証を行った。

方法

145匹の雌ラットを対象に実験を行った。心的外傷性ストレスモデルとして単一長期ストレス(single prolonged stress:SPS)モデルを用いた。このモデルでは,ラットは拘束ストレス120分,強制水泳20分,エーテル麻酔に曝露される。SPS負荷ラットの対照群に対しては,SPS負荷と同様の時間新しい部屋に移す負荷を行った。負荷を行った7日後から恐怖条件付け,消去訓練,消去学習試験を行った。実験1では核内エストロゲン受容体阻害薬のICI 182,780(0.05mg/kg,0.005mg/kg)を,実験2では17β-エストラジオールをSPS負荷の1時間前に投与し,各実験中における固まる(freezing)時間と動き出す(darting)時間への影響を調べた。

結果

実験1において,SPS負荷は消去学習試験中の固まる時間を延長させた。この固まる時間はICI 182,780投与で減少したが統計学的に有意ではなかった。ICI 182,780投与量の影響を調べたところ,0.005mg/kgでは消去学習試験中の固まる時間に変化はなかったが,0.05mg/kgでは有意な減少が認められた。

実験2において,SPS負荷は消去訓練中及び消去学習試験中の固まる時間を減少させた。17β-エストラジオール投与は対照群における消去訓練中の固まる時間を減少させ,SPS負荷群の消去訓練中の固まる時間を延長させた。動き出すのは恐怖条件付けにおけるフットショックの開始時にのみ認めた。

考察

実験1の結果は,SPS負荷が雌ラットの情動的記憶を変化させ,その変化はSPS負荷時の核内エストロゲン受容体の活性によるという主張を支持している。実験2において17β-エストラジオールはSPS負荷ラットの消去学習試験中の固まる時間に影響を与えなかったが,これはエストロゲン受容体の活性をSPS負荷前に高めてもSPS負荷の情動的記憶への影響を変えないことを示唆している。実験2においてSPSの影響は実験1(固まる時間の延長)と真逆で,固まる時間の減少が認められたが,実験2開始前の時点でのラットの覚醒状態やストレスが高まっていたのかもしれない。

結論

核内エストロゲン受容体阻害薬は雌ラットにおける心的外傷性ストレスの情動的記憶への影響を変化させる。しかし,心的外傷性ストレス自体の情動的記憶への影響を調べるためには複数の行動指標や行動実験の評価が必要である。

262号(No.4)2023年9月27日公開

(髙宮 彰紘)

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