自閉症を理解するためのトランスレーショナル神経科学的アプローチ

AM J PSYCHIATRY, 180, 265-276, 2023 Translational Neuroscience Approaches to Understanding Autism. Veenstra-VanderWeele, J., O’Reilly, K. C., Dennis, M. Y., et al.

概要

自閉スペクトラム症(ASD)の病因や脳システムに関してまだわかっていないことは多いが,自閉症のヒトの死後脳組織に関する研究数は限られているため,神経生物学を理解するための細胞や分子の変化を調べることは困難である。従って,社会的脳を構築し,反復的な行動や興味を媒介する神経系を明らかにする上で,動物モデルは非常に有用である。本稿では,現在自閉症のモデルとして用いられている主な動物種について,それぞれの利点と限界の評価を含めて概説する。

非哺乳類

自閉症に関連している何百もの候補遺伝子が線虫で研究されてきた。最近の研究では135の変異体ノックアウト株が作成され,運動や馴化学習など26の形態学的・行動学的表現型にわたってその影響が報告されている。同様に,ショウジョウバエを用いた研究では,シナプス形成とシナプス可塑性がヒトで保存されていることを利用して,これまで自閉症に関与すると考えられる遺伝子が報告された。ゼブラフィッシュはその外部受精,迅速な発生,胚の透明性,小さなサイズ,強力な遺伝子編集ツールが利用可能であるなどの特徴から,遺伝子スクリーニングを行うためのモデルとして魅力的である。成体では,複雑な社会的行動の違いを評価でき,更に,睡眠パターンの変化や腸‐脳のマイクロバイオーム軸の変化など自閉症に見られる表現型についても調べることができる。

げっ歯類

脆弱X症候群のモデルマウスをはじめとして,マウスは自閉症の研究において中心的な役割を果たしている。最近では,光遺伝学的及び化学遺伝学的手法により,社会的強化から習慣的行動まで,マウスの行動の背景にある神経回路を詳細に検討できるようになった。たとえば光遺伝学と薬理学を組み合わせることで,マウスの社会的条件付き場所の選択に必要な側坐核のセロトニン5-HT1B受容体への背側投射が明らかにされており,こういった知見に基づいて仮説が提唱され,この仮説についてはヒトにおける自閉症病態との関連(現在進行中の自閉症における5-HT1B作動薬の無作為化対照試験など)の評価の検証が行われる可能性がある。自閉症における確固とした環境的・遺伝学的危険因子が同定され利用可能となったことで,種を越えてマウスでも同じ病因が再現できることが増えた。たとえば,バルプロ酸への出生前曝露はすでにモデル化されている。また,母体免疫活性化のげっ歯類モデルも広く研究されており,妊娠中の母体感染や発熱に伴う自閉症リスクの上昇が示されている。

霊長類

霊長類はヒトとの類似性が高く,モデル化には適している。マカクザルの脳の大きさはヒトの1/10程度であるが,ヒトの脳で同定された領域のほぼ全てが見られる。更に,ヒトに近い行動パターンも示す。社会的意図を伝えるために様々な表情を使用し,多様な定型的行動を示すため貴重なモデルとなる。

マカクザルを用いた研究では,ヒトに用いるものと同様の症状尺度によって自閉症に似た特徴を持つ個体を同定する。そのことで自閉症的特徴の弱い個体と強い個体を区別する生物学的測定方法を見出すことができる。たとえば,アルギニン・バソプレシンの脳脊髄液濃度が,自閉症的特徴の強い個体を区別できることが報告されている。げっ歯類と同様に,バルプロ酸曝露モデルを用いた研究もなされている。

更に,母体免疫活性化についても検討されており,最近の研究では縦断的核磁気共鳴画像(MRI)により,母体免疫活性化モデルの前頭前野及び前頭皮質における灰白質容積の有意な減少が6ヶ月目に認められ,45ヶ月目まで持続していたことが報告されている。また,母体免疫活性化モデルのマカクザルでは樹状突起の形態が変化していることが示唆されている。2000年代初頭から,ある種の自閉症は,正常な脳の発達を阻害する母体の抗体が胎児の脳内に循環することによって引き起こされるという仮説が検討されてきており,マカクザルでもその検討が行われている。実際に,自閉症児の母から得られた抗体で処理された個体は異常な接近行動を示したことが報告されている。

CRISPR-Cas9のような高効率の遺伝子編集システムの開発により,自閉症と関連性の高い遺伝子を標的とすることでモデル化できる可能性が出てきた。マカクザルではCRISPR-Cas9技術を用いてSHANK3の編集に焦点が当てられており,実際に,睡眠障害,類型的な行動の増加,筋緊張低下,視線の変化などといった行動面の異常や灰白質の減少,機能MRIの解析では長距離の結合性低下と短線維結合の結合性上昇が示唆されている。

結論

動物モデルによって,ヒト集団に適用する前に仮説を設定し検証することが可能となる。ほとんどのモデル系における初期研究では,ヒト集団において自閉症に寄与している既知の因子に類似させることによって,潜在的なメカニズムを同定しようとしてきた。ミミズから霊長類まで,様々な動物においては,コスト,情報量,複雑さ,利用可能なツールが異なっており,この中から対象とする特定の疑問に対する理想的なモデルが選択される。ヒトの生体での脳の研究には大きな制約がある中で,動物モデルは,当分の間,自閉症研究において影響力を持ち続けると思われる。ヒトの脳の大きさや複雑さとは大きな違いがあること,言語がないためヒトの社会的行動と類似させることは不可能であることなど,動物システムの限界も十分に考慮しなければならない。 

262号(No.4)2023年9月27日公開

(三村 悠)

このウィンドウを閉じる際には、ブラウザの「閉じる」ボタンを押してください。