身体的苦痛症のICD-11の臨床記述と診断要件に関する症例対照フィールド研究

J AFFECT DISORD, 333, 271-277, 2023 Case-Controlled Field Study of the ICD-11 Clinical Descriptions and Diagnostic Requirements for Bodily Distress Disorders. Keeley, J., Reed, G. M., Rebello, T., et al.

はじめに

身体症状症の信頼性と臨床的有用性を向上させる取り組みは,診断学における中心的な課題となっている。ICD-11において新設された診断カテゴリーである身体的苦痛症(Bodily Distress Disorder:BDD)は,ICD-10の身体表現性障害(Somatoform Disorders)に含まれる全ての状態に置き換わる障害である[ただし,ICD-11で強迫症または関連症群に分類されている心気障害(Hypochondriacal Disorder)を除く]。

著者らはケースビネットを用いたオンラインでの症例研究を行い,ICD-11とICD-10による身体症状症の臨床家による診断の正確性について比較した。

方法

ICD-11のフィールド研究への参加を目的として設立された臨床実践グローバルネットワーク(Global Clinical Practice Network:GCPN)のメンバー8,883名に本研究への参加を依頼した。使用言語は英語・スペイン語・日本語で,参加者には標準化された9例のケースビネットのうちペアとなる2症例についてICD-10またはICD-11による診断を行い,診断の信頼性を評価した。

結果

研究に参加したGCPNのメンバー1,483名(16.7%)のうち,全データを収集できた者は1,065名(参加者の71.8%)であった。以下の6点について比較した。

①BDDと病的ではない身体症状との鑑別では,ICD-11のBDDの診断(診断精度68.5%,以下同)もICD-10の鑑別不能型身体表現性障害の診断(27.4%)も,閾値以下の身体的苦痛との鑑別は可能であったが,ICD-11がICD-10に比しより高い精度を示した(p<0.001)。

②BDDと全般不安症(GAD)との鑑別では,ICD-11のBDDの診断(87.3%)もICD-10の身体表現性障害の診断(70.5%)も,GADとの鑑別は可能であったが,ICD-11がICD-10より高い精度を示した(p<0.05)。

③BDDとうつ病との鑑別では,ICD-11のBDDの診断(86.1%)もICD-10の身体表現性障害の診断(71.3%)も,うつ病エピソードにおける身体症状との鑑別は可能であったが,ICD-11がより高い精度を示した(p<0.05)。

④重症BDDと身体的妄想との鑑別では,ICD-11の重症BDDの診断(79.8%)も,ICD-10の身体表現性障害の診断(49.2%)も,身体的妄想との鑑別は可能であったが,精度ではICD-11がICD-10を上回っていた(p<0.001)。一方,身体的妄想については,両者とも精度は低く,心気症とする誤診が多かった。

⑤BDDと心気症との鑑別では,ICD-11のBDDの診断(86.8%)もICD-10の鑑別不能型身体表現性障害の診断(21.4%)も,心気症との鑑別は可能であったが,ICD-11の方がより精度が高かった(p<0.001)。

⑥BDDと「代替医療や精神的指導者が関与した心気症」との鑑別では,ICD-11のBDDの診断(79.5%)もICD-10の鑑別不能型身体表現性障害の診断(32.9%)も,「代替医療や精神的指導者が関与した心気症」との鑑別は可能であったが,ICD-11がより高い精度を示した(p<0.001)。一方,「代替医療や精神的指導者が関与した心気症」の診断については,ICD-11の精度が78.3%であったのに対し,ICD-10の精度は4.1%に過ぎず,心気症の診断が除外されることが多かった(p<0.001)。

ICD-11の重症度評価については,正しい重症度が最も多く選ばれていた。

考察と結論

本研究の限界として,参加者の選択における自己選択バイアスが存在し得ることや,ビネットによらない実際の診察では結果が異なる可能性が挙げられる。

本研究により,ICD-11におけるBDDの診断ガイドラインは,臨床家の診断精度と臨床的有用性においてICD-10の身体表現性障害と比べて改善されていることが示された。

262号(No.4)2023年9月27日公開

(久江 洋企)

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