多様な死後脳組織コホートにおける精神障害のポリジェニックスコア

NEUROPSYCHOPHARMACOLOGY, 48, 764-772, 2023 Polygenic scores for psychiatric disorders in a diverse postmortem brain tissue cohort. Duncan, L., Shen, H., Schulmann, A., et al.

背景

遺伝子,タンパク質,空間パラメータを詳細に測定するオミックス技術の開発により,ヒト死後組織研究が発展し,また,ゲノムワイド関連研究(GWAS)に基づいて,遺伝的リスクの個人レベルの指標であるポリジェニックスコアを構築することも可能となった。死後脳組織は精神科研究にとって重要であり,米国の精神保健研究所(NIMH)の脳バンクであるヒト脳コレクションコア(Human Brain Collection Core:HBCC)では,死後脳データを臨床・遺伝データ等と共に収集している。

本研究では,HBCC死後脳データを活用して精神障害のポリジェニックスコアが疾患表現型をどの程度予測するかを評価した。また,背外側前頭前野(DLPFC)の遺伝子発現データを用いて統合失調症の遺伝子発現総量スコアを算出し,統合失調症のポリジェニックスコアとの関連を検証した。

方法

GWASデータを有する1,418名の死後脳サンプルのうち,18歳以上で品質管理基準を通過した1,187サンプルを用いた(女性:37%,平均年齢:45歳,欧州系もしくはアフリカ系:92%)。診断は,物質使用障害(494名)が最も多く,次いでうつ病(367名),統合失調症(248名),双極性障害(182名)が多かった。

公表されている各精神障害等[例:統合失調症,うつ病,双極性障害,物質使用障害,不安症,身長,体格指数(BMI),教育年数]のGWASデータを用いて,それぞれの表現型に関するポリジェニックスコアを算出し,そのポリジェニックスコアと表現型の関連を,回帰分析を用いて解析した。1,187サンプルのうち,223サンプルに対してはDLPFCの遺伝子発現解析も実施し,遺伝子発現総量スコアを算出し(統合失調症患者と対照者の遺伝子発現差を定量化),ポリジェニックスコアとの相関を検証した。統合失調症のポリジェニックスコアは,大規模GWAS研究において症例と対照の状態を最も予測しやすいため,統合失調症を主要表現型として解析を行った。

結果

統合失調症のポリジェニックスコアは,欧州系サンプルにおいて,統合失調症の表現型分散の17.2%を予測できる結果となり(p=4.7×10-8),アフリカ系サンプルでは,統合失調症の表現型分散の10.4%を予測できる結果となった(p=1.6×10-5)。また,欧州系サンプルで高い割合で表現型分散が予想されるというこのパターンは,他の精神障害(うつ病,双極性障害,物質使用障害,不安症)や,身長,BMI,教育年数でも認められた(図)。

223サンプルを対象としたDLPFCの遺伝子発現解析では,統合失調症のポリジェニックスコアは統合失調症の遺伝子発現総量スコアと欧州系サンプルのみで有意な正の相関を示した(欧州系:n=84,r=0.30,p=0.0055;アフリカ系:n=139,r=0.12,p=0.15)。

結論

今回算出されたポリジェニックスコアはHBCCが提供する死後組織を用いた今後の研究でも使用される可能性がある。遺伝子発現は統合失調症のポリジェニックリスクによって影響を受ける潜在的なプロセスの一つに過ぎず,今後の研究によって,細胞構造やそのパターン化,特定の脳回路内でのその機能などが遺伝的リスクによってどのように変化するかが明らかにされていくであろう。

図. ヒト脳コレクションコア(Human Brain Collection Core :HBCC) において,対応するポリジェニックスコアで説明される表現型の分散

262号(No.4)2023年9月27日公開

(吉田 和生)

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