構造化されていない医療記録と構造化データを対象としたAIアルゴリズムによる矯正施設における自殺・自傷行為の予測について

J PSYCHIATR RES, 160, 19-27, 2023 Predicting Suicidal and Self-Injurious Events in a Correctional Setting Using AI Algorithms on Unstructured Medical Notes and Structured Data. Lu, H., Barrett, A., Pierce, A., et al.

背景

自殺や自傷行為は,一般人口よりも矯正施設でより多く発生する。これらは,命が失われるだけでなく,施設や医療資源を消耗し,職員や他の受刑者に障害やストレスを与える。従来の統計解析はある程度の指針にはなるが,収集が困難なことが多い構造化されたデータにしか適用できず,その提言に基づく行動にはコストがかかることが多い。

本研究は,カリフォルニア州のオレンジ郡刑務所において,医療サービスのトリアージの効率を向上させ,自殺や自傷行為の発生を防ぐために,自然言語処理・深層学習モデルであるTransformer Encoderを採用し,AIアルゴリズムを用いて医療及び精神保健の経過記録から情報を抽出し,自殺や自傷行為の発生を実用的に予測することを目的としている。

方法

構造化データ及び構造化されていないデータは,オレンジ郡刑務所の矯正ヘルスサービス(CHS)の電子医療記録から抽出した。オレンジ郡刑務所の受刑者に使用される経過記録は2種類(SOAP記録とQuick記録)である。本研究ではSOAP記録の「評価」と「計画」を一つにまとめ,「Quick」「主観」「客観」「評価・計画」の計4種類の記録とした。

2014年以降,オレンジ郡刑務所において,自殺行為や自傷行為が一つ以上記録されている受刑者は335名おり,このうち249名には,自殺行為または自傷行為が発生する以前に,少なくとも1種類の経過記録があった。また,自殺行為または自傷行為が記録されていない受刑者のうち,89,096名の受刑者に少なくとも1種類の経過記録があった。自殺・自傷行為を行った受刑者のうち,複数回刑務所に入所したことのある受刑者は11.3%で,これらの受刑者については,自殺・自傷行為の起こった入所記録のみを対象とした。自殺・自傷行為を行わなかった受刑者の36.9%に,刑務所への入所が複数回あった。これらの受刑者については一つの入所記録を無作為に抽出した。

また,記録データに加えて,オレンジ郡CHSのデータベースから,人種,性別,婚姻状況,年齢,AB109(2011年のCalifornia Public Safety Realignment Act)など,受刑者の特徴や犯罪の重大性に関連する構造化データも抽出した。

結果

構造化データの有無によるモデル性能の比較を行うと,構造化データをTransformer Encoderモデルに追加することによって得られたモデル性能の向上はごくわずかであり,自殺や自傷の傾向に関する情報のほとんどが構造化されていない記録データから得られていることが示唆された。このことから,オレンジ郡刑務所で得られたデータベースにおいて,構造化されていない記録データには,構造化データよりも,自殺や自傷のリスクに関連する情報が多く含まれていることが確認された。

結論

本研究の結果は,オレンジ郡刑務所で得られたデータベースにおいて,受刑者の医療及び精神保健の経過記録には,構造化データよりも,自殺行為や自傷行為に関連する情報が多く含まれていることを示すものであった。

262号(No.4)2023年9月27日公開

(渡邉 慎太郎)

このウィンドウを閉じる際には、ブラウザの「閉じる」ボタンを押してください。