【from Japan】
自閉スペクトラム症における前部帯状皮質のミトコンドリア複合体Ⅰ利用率の低下:陽電子放射断層撮影法

American Journal of Psychiatry 180, 277-284, 2023 Lower Availability of Mitochondrial Complex I in Anterior Cingulate Cortex in Autism: A Positron Emission Tomography Study. Yasuhiko Kato, Masamichi Yokokura, Toshiki Iwabuchi, Chihiro Murayama, Taeko Harada, Takafumi Goto, Taishi Tamayama, Yosuke Kameno, Tomoyasu Wakuda, Hitoshi Kuwabara, Seico Benner, Atsushi Senju, Hideo Tsukada, Sadahiko Nishizawa, Yasuomi Ouchi, Hidenori Yamasue

山末 英典 先生

浜松医科大学精神医学講座

山末 英典先生 お写真

背景

自閉スペクトラム症(Autism spectrum disorder:ASD)の中核症状である社会的コミュニケーションの困難さと常同行動・限定的興味について,その分子メカニズムはわかっておらず,ASD中核症状に有効な治療薬は未確立である。そうした中,ミトコンドリアがASDに関与する可能性が注目されていた。現在までに,ASD者では,乳酸・ピルビン酸などのミトコンドリア機能を反映する物質の血液などにおける濃度が異なることや,白血球でミトコンドリアDNAのコピー数が多い,脳内でも乳酸などの代謝物に変化が見られること,などが報告され,ASDにミトコンドリア機能障害が関与している可能性が推測されていた。また,死後脳を用いた研究では,前部帯状皮質(Anterior cingulate cortex:ACC)においてミトコンドリア複合体Ⅰ(MC-I)の活性低下が報告されていた。ミトコンドリア内膜に存在するMC-Iは,生命活動を支えるエネルギー分子であるATPの産生に関わる電子伝達系酵素複合体の一つで,最初の酸化を担っている。ミトコンドリア活性の低下は,脳活動に必要なATPを供給できないことで,ASDの脳内分子メカニズムが形成される可能性を示唆している。これらの研究結果を踏まえ,ASDの病態仮説の一つとして,「ミトコンドリア機能障害仮説」が提唱されていたが,脳内におけるMC-Iの活性とASDとの関係は明らかにされていなかった。

目的と方法

本研究は,浜松ホトニクス中央研究所が開発した,MC-Iに結合する陽電子放射断層撮影(Positron Emission Tomography:PET)プローブ [18F]BCPP-EFを用いた撮影を行うことで,生体脳内でMC-I活性を測定し,ASD者におけるMC-I活性の脳内分布の特徴について定型発達者と比較し,更にこのMC-I活性の特徴が社会的コミュニケーションの困難さと関連しているかどうかについて検討した(FIGURE 1) 。ASDと診断された23名の男性と,年齢と知的能力及び両親の社会経済的背景に差がない定型発達を示した24名の男性が本研究に参加した。そして,過去に死後脳研究でMC-Iの活性低下が報告されていた,ACC,視床,上側頭回,後頭皮質,背外側前頭前野,一次運動野の六つの脳部位に着目して利用率を調べた。

結果

定型発達者と比べてASD者では,MC-Iの活性低下がACC特異的に認められた(t=3.37,df=1, 45,Bonferroni補正p=0.012,Cohen’s d=0.98)(FIGURE 2 )。更に,ASD者では,ACCにおけるMC-I活性低下が,臨床的な社会的コミュニケーションの困難さと相関していた(r=-0.54,Bonferroni補正p=0.0297)(FIGURE 3 )。これによって,これまで末梢血や死後脳から間接的に推測されていたASDの脳病態へのミトコンドリア機能障害の関与が,生体脳内におけるMC-I活性の低下として,より直接的に示された。

結論

ACCは,先行研究によって,ASD者における機能不全や微細な形態異常が存在することや,社会的コミュニケーションの困難さと関連することが,繰り返し報告されていた。今回の研究結果から,ACCにミトコンドリア機能障害が存在することが,同部位の機能不全や形態異常,そして社会的コミュニケーションの困難さが形成される一因であることが示唆された。また,MC-I活性に必須な葉酸の服用によってASD者の社会的コミュニケーションの困難さが改善したと報告した臨床試験や,ASDの中核症状が改善する過程にACCの機能改善が関与することなどが報告されており,本研究結果と合わせると,ACCにおけるMC-Iの活性低下を改善させることで,ASDの社会的コミュニケーションの困難さに対して治療介入が可能であることが示唆された。

※元文献のFIGURE1.2.3をご確認ください(外部サイトへ移動します)

262号(No.4)2023年9月27日公開

(山末 英典)

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