【テーマ①:COVID-19】
災害に関連した心的外傷性イベントが放射線と新型コロナウイルス感染症に対する不安に与える影響:福島原子力発電所事故から10年

J PSYCHIATR RES, 163, 135-141, 2023 Effects of Disaster-Related Traumatic Events on Worry about Radiation and COVID-19: A Decade After the Fukushima Nuclear Power Plant Accident. Fukasawa, M., Nishi, D., Umeda, M., et al.

はじめに

原子力発電所事故を体験した地域住民には,放射線の有害な影響に対する不安が長期にわたって存在する。2011年に発生した福島原子力発電所(以下,福島原発)事故の後,東日本大震災(以下,震災)において心的外傷性イベントを体験した人の間で,放射線に関するより大きな不安が報告されている。福島の放射線に関する長期にわたる不安の根底に,震災に起因する認知変化がある場合,これらが放射線に対する不安のみではなく,放射線とは無関係の他の種類の不安を引き起こす可能性がある。

著者らは,このような認知変化が,放射線に対する不安と,2020年にパンデミックが発生した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する不安を共に増加させると仮定し,原発事故を体験した福島の地域住民のサンプルを対象として,この仮説を検証した。

方法

福島県の警戒区域を除く49の各自治体から,20~80歳の住民100名を無作為にサンプリングしアンケート調査を行ったところ,初期被験者は4,900名であった。2016年を初回として2021年まで調査を行い,放射線に対する不安とCOVID-19に対する不安を評価した。また,心的外傷後ストレス障害チェックリスト特定版(Posttraumatic Stress Disorder Checklist-Specific version:PCL-S)を用いて心的外傷後ストレス症状(Posttraumatic stress symptoms:PTSS)を評価した。心的外傷性イベントは,負傷,家族の負傷や死亡,家や財産の喪失とした。

構造方程式モデリングを使用して,媒介変数としてのPTSSを含む,放射線やCOVID-19に対する不安を感じさせる心的外傷性イベントからパスを引いた媒介モデルを設定した。

結果

初期調査の2,038名の回答者(初期被験者の41.6%)のうち,774名(回答者の38.0%,初期被験者の15.8%)が追跡調査に参加した。

震災における心的外傷性イベントの体験は,より多くのPTSS,放射線に対するより大きな不安,及びCOVID-19に対するより大きな不安と有意に関連していた。PTSSは放射線に対する不安とCOVID-19に対する不安と有意かつ正の相関があり,放射線に対する不安はCOVID-19に対する不安と有意かつ正の相関があった。

心的外傷性イベントは放射線に対する不安を有意かつ直接的に増加させた(相関係数0.86,標準誤差0.38,p=0.023)。心的外傷性イベントはPTSSを増加させ(相関係数1.05,標準誤差0.32,p=0.001),PTSSは放射線に対する不安を増加させた(相関係数0.42,標準誤差0.04,p<0.001)。PTSSを通じた放射線に対する不安への心的外傷性イベントの間接的な影響も有意であった(相関係数0.44,標準誤差0.14,p=0.002)。心的外傷性イベントは,COVID-19に対する不安を直接増加させなかった(相関係数0.68,標準誤差0.43,p=0.113)。しかし,PTSS(相関係数0.29,標準誤差0.05,p<0.001)と放射線に対する不安(相関係数0.37,標準誤差0.04,p<0.001)の両者はCOVID-19に対する不安を高め,PTSSと放射線に対する不安を通じたCOVID-19に対する不安への心的外傷性イベントの間接的な影響は有意であった(相関係数0.79,標準誤差0.21,p<0.001)。

考察と結論

心的外傷性イベントは,放射線に対する不安に直接影響した。心的外傷性イベントはCOVID-19に対する不安に直接影響を与えなかったが,放射線に対する不安とPTSSを通じて間接的に影響を及ぼしていた。心的外傷性イベントは,PTSSとは無関係に心的外傷関連の不安を増加させ,心的外傷関連の不安やPTSSを通じて間接的に心的外傷に関連のない不安を増加させる可能性がある。

263号(No.5)2023年11月27日公開

(久江 洋企)

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