心理士のオキシトシン反応は患者の否定的感情と精神療法の転帰との関連に関与する

J AFFECT DISORD, 338, 163-170, 2023 Therapists' Oxytocin Response Mediates the Association Between Patients' Negative Emotions and Psychotherapy Outcomes. Fisher, H., Solomonov, N., Falkenström, F., et al.

背景

重篤な感情障害であるうつ病(MDD)は,世界的に障害の主たる要因となっているが,その治療は全患者の約50%にしか効果がないとも言われる。MDDにおける多くの精神療法モデルでは,セッションの中で否定的感情を経験し,探求することの重要性が強調されており,患者の否定的感情体験が,MDDの精神療法における転帰を予測することが示唆されている。しかし,この効果の背景にある具体的なメカニズムは不明である。

過去の研究では愛着関係においてオキシトシン(OT)の役割が指摘されている。精神療法におけるOTの役割に関する研究のほとんどは患者にのみ焦点を当てたもので,心理士のOTが治療過程や変化に及ぼす可能性については言及が少ない。

本研究では,セッション中の患者の否定的感情と治療転帰との関連の背景にある生物学的メカニズムを探ることを目的とした。

方法

対象は,支持的治療と支持・表現的(SE)治療を比較する無作為化対照試験の一環として,MDDに対するマニュアル化された16セッションの精神療法を受ける83名の患者で構成された。平均年齢は31.2歳[標準偏差(SD)=8.63],51名が女性で,患者と心理士が同性であった組み合わせは34組であった(41%)。組み入れ時の17項目のハミルトンうつ病評価尺度(HRSD)の平均値は21.41(SD=3.76)であった。治療には,平均14.41年の経験を持つ6名の臨床心理士が参加した。

OT濃度については,治療過程の8時点(セッション4,8,12,16の前後)で,MDDの精神療法を受けている患者62名の心理士からOT唾液試料(n=435)を採取し,評価した。

セッション前にHRSDを患者に実施してMDDの評価を行い,患者はセッション後にセッション中の感情を報告した。

セッション後の心理士のOT濃度が,否定的感情とうつ病の重症度(HRSD評点)との関連を媒介するかどうかを検証するため,ランダム切片クロスパネルモデル(RI-CLPM)と構造化残差による潜在曲線モデル(LCM-SR)の二つを使用した。

結果

解析に用いた両モデルとも同様の結果パターンを示したため,LCM-SRの結果のみを報告する。

セッション前のOTをコントロールすると,患者の否定的感情が高いほど,セッション後の評価で心理士のOT濃度がより高くなることが予測された[0.11,標準誤差(SE)=0.05,p=0.03,95%信頼区間(CI):0.003-0.20)]。また,心理士のOT濃度が高いほど,次のセッションにおける患者の抑うつの重症度が低いことが予測された(-0.97,SE=0.34,p=0.005,95%CI:-1.57--0.22)。そして,直接的効果は有意ではなかったが(0.03,SE=0.27,p=0.91,95%CI:-0.60-0.37),間接的効果は有意であり(-0.11,95%CI:-0.24--0.001),心理士のOT濃度は,患者の否定的感情と抑うつ症状の軽減との関連を有意に媒介していた。ただし,本研究のデザインでは,患者の否定的感情と心理士のOTの時間的順序を確立することはできず,因果関係は推論できなかった。

結論

本研究で得られた知見は,心理士のOT反応が,効果的な治療過程の生物学的マーカーとして機能する可能性を示唆している。また,患者の否定的感情体験が治療結果に及ぼす影響の背景にある生物学的メカニズムの可能性を示唆している。

263号(No.5)2023年11月27日公開

(佐久間 睦貴)

このウィンドウを閉じる際には、ブラウザの「閉じる」ボタンを押してください。