うつ病の遺伝負因を有する人の認知機能

JAMA PSYCHIATRY, 80, 610-620, 2023 Cognitive Function in People With Familial Risk of Depression. Cullen, B., Gameroff, M. J., Ward, J., et al.

背景と目的

うつ病の家族歴は,たとえ本人がうつ病を発症していない場合でさえ,将来の認知機能障害の潜在的な危険因子であると考えられている。うつ病と認知機能低下の関係には不明な点が多いが,将来的にはハイリスク群において認知機能低下を早期に同定し介入を行える可能性がある。本研究では,四つの独立したコホート研究を用いて,うつ病の遺伝負因と認知機能低下の関係を定量化した。これらの四つの研究は,小児から高齢者まで生涯にわたり広く追跡しており,更に家族歴のいくつかのパターンや,ポリジェニックリスクスコアなどの遺伝子データを用いており,様々な強度の遺伝負因を含むものである。

方法

うつ病の高リスクと低リスクの3世代を縦断的に追跡する縦断家族研究(Three Generations at High and Low Risk of Depression Followed Longitudinally:TGS),及び三つの大規模人口コホートである思春期の脳認知発達(Adolescent Brain Cognitive Development:ABCD),思春期から成人までの健康に関する全国縦断的研究(National Longitudinal Study of Adolescent to Adult Health:ADDH),英国バイオバンク(UKB)のデータを用いて,横断的な分析を行った。曝露は一つないし二つ前の世代のうつ病の家族歴,あるいはうつ病のポリジェニックリスクとし,転帰は様々なドメインの認知機能検査の結果とした。回帰モデルを交絡因子で補正し,更に多重比較法による補正を行った。

結果

計57,308名が抽出された。内訳(女性の割合,追跡開始の年齢の平均)は,TGSから87名(48%,19.7歳),ABCDから10,258名(48%,12.0歳),ADDHから1,064名(49%,37.8歳),UKBから45,899名(51%,64.0歳)であった。

比較的若年層を追跡したTGS,ABCD,ADDHのデータでは,うつ病の家族歴は主に記憶領域の機能低下と関連しており,特に教育レベルや社会経済的因子が要因となっていることが示唆された。一方,比較的高齢層を追跡したUKBのデータでは,うつ病の家族歴は主に処理速度,注意,遂行機能領域の機能低下と関連しており,こちらでは教育レベルや社会経済的因子の影響は確認できなかった。これらの関連は,被験者自身のうつ病への罹患を交絡因子として補正した後も変わらなかった。それぞれの研究におけるうつ病の家族歴と神経認知機能との間のエフェクトサイズは,TGSが-0.55と最大で,その他,ABCDで-0.09,ADDHで-0.16,UKBで-0.10であった。

また,うつ病のポリジェニックリスクと認知機能低下との関連についても,若年者のデータ(ABCD,ADDH)では主に記憶領域の低下が,高齢者のデータ(UKB)では主に処理速度,注意,遂行機能領域の低下が関連しており,うつ病の家族歴の場合と同様の傾向が確認された。ただし,UKBのデータから行ったポリジェニックリスクスコアの分析では,特に推理,逆唱,記憶などより多くの認知機能領域で有意な関連が得られた。

考察

本研究では,うつ病の家族歴あるいは遺伝データに基づく遺伝負因と認知機能低下との間の関連が確認された。本研究は,うつ病の家族歴とポリジェニックリスクの双方について調べた初の研究である。両者は,認知機能低下のパターンに関しても類似の傾向を示したが,同一対象内で両者の寄与度を直接比較したわけではないので,それぞれが認知機能との間に有する関連の強さについては言及できなかった。

今後は,この関連を説明し得る遺伝的あるいは環境的な決定因子,脳の発達や加齢の調節因子,あるいは社会的因子やライフスタイル因子などについての研究が期待される。 

263号(No.5)2023年11月27日公開

(荻野 宏行)

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