拒食症の女性では特定のがんのリスクが低い:国内カルテ連結研究からのエビデンス

ACTA PSYCHIATR SCAND, 148, 71-80, 2023 Low Risk of Some Common Cancers in Women With Anorexia Nervosa: Evidence from a National Record-Linkage Study. Seminog, O., Thakrar, D. B., James, A. C., et al.

背景

拒食症は極端なカロリー制限が人間の健康に与える影響を調べるためのモデルとなる疾患である。極度の栄養制限においてもがんのリスクは低下しないという報告がある一方で,拒食症によって乳がんの発症率が低下するという報告がある。機序の仮説には,がんの危険因子である脂肪組織の蓄積,排卵周期,エストロゲンを含むステロイドホルモンの減少が拒食症に伴うことが挙げられる。これらの問題を明らかにするために,著者らは電子カルテのデータを使用して,拒食症を持つ群における特定のがんとがん全体のリスクを測定した。

方法

本研究は,1999~2021年のイングランド地方の病院エピソード統計と死亡統計のカルテのデータを連結して行った後方視的コホート研究である。拒食症を持つコホートは,35歳未満で初めて拒食症に関する入院または日帰り入院をした個人から構成された。拒食症の定義は,国際疾病分類(ICD)第10版のコードF50.0(拒食症)またはF50.1(非定型拒食症),または第9版のコード307.1(拒食症)を用いた。比較のための対照群は,上気道感染症などの比較的軽度の疾患,虫垂切除術などの様々な外科手術,頭部外傷などの様々な損傷を持つ入院患者で構成された。この両群から,特定のがんとがん全体の率比(RR)を調べた。RRについては,初診時のスクリーニングでがんが発見されるバイアスを除外するために,観察期間全体のみならず,初診から1年間の期間を除いたRRについても調べた。拒食症で入院した男性についても,個別に解析を行った。

結果

15,029名の女性の拒食症例の中から75例のがんが同定された。

がん全体のRRは0.75[95%信頼区間(CI):0.59-0.94]と低かった。その中でも乳がんのRRは0.43(95%CI:0.20-0.81)と特に低く,57%の発症の低下が認められた。初診からの1年間を除いた場合,二次性あるいは部位が特定されないがんのRRも0.52(95%CI:0.26-0.93)と低かった。子宮頸がんのRRは0.27(95%CI:0.03-0.98)と低かったが,初診からの1年間を除いた場合は0.28(95%CI:0.03-1.03)と有意ではなくなった。これら3種類のがんを除いたがん全体については,初診からの1年間を除いた場合にも,拒食症群のRRは0.74(95%CI:0.54-0.98)と低かった。

一方で,耳下腺及び他の唾液腺におけるがんはRRが4.4(95%CI:1.4-10.58)と高かったが,初診からの1年間を除いた場合は1.93(95%CI:0.23-7.16)と有意ではなくなった。

男性の拒食症群1,413名におけるRRは2.1(95%CI:1.1-3.7)と高かったが,初診からの1年間を除くと1.6(95%CI:0.7-3.1)と有意でなくなった。

考察

本研究の問題点は,データの性質のため,乳がんの下位分類など詳細な情報がわからないことである。更に,がんと関連する初経の時期や無月経の有無,体格指数(BMI),がんを予防すると言われる運動の習慣の情報もない。また,耳下腺がんや唾液腺がんは稀な疾患であるが,拒食症における食行動の変化自体がこれらのがんを引き起こしたのか,耳下腺がんや唾液腺がん自体が食欲を低下させて拒食症に繋がったのかは不明である。

しかし,本研究で特記すべきは,拒食症において乳がんのリスクに大幅な低下が認められることである。この事実は,拒食症において脂肪組織が少ないことが,コレステロールからエストロゲンの変換を抑制し,エストロゲンの減少に繋がったことと関連する可能性が高い。今後,カロリー制限とがんの抑制についての研究が進むことを期待したい。

263号(No.5)2023年11月27日公開

(船山 道隆)

このウィンドウを閉じる際には、ブラウザの「閉じる」ボタンを押してください。