救急部門における簡略化された自殺危機症候群チェックシートの臨床判断に対する効果について

J CLIN PSYCHIATRY, 84, 22m14655, 2023 Impact of the Abbreviated Suicide Crisis Syndrome Checklist on Clinical Decision Making in the Emergency Department. Karsen, E., Cohen, L. J., White, B., et al.

背景

自殺は米国における死因第10位であり,自殺の評価と予防の努力が続けられているにもかかわらず,米国では自殺率が劇的に上昇している。更に,世界全体では依然として毎年70万人以上の死因を自殺が占めており,自殺に対する新しいアプローチが急務である。このような背景から,差し迫った自殺リスクを示す自殺特異的な症候群の概念に対する関心が高まっている。特に,自殺危機症候群(suicide crisis syndrome:SCS)は,近い将来の自殺行動と強固に関連する新規の自殺前診断であり,現在進行中の「精神疾患の診断・統計マニュアル第5版テキスト改訂版(DSM-5-TR)」の更新に含めるための検討が行われている。本研究の目的は,都市部の大規模病院システムにおける精神科の入退院決定に関するSCSの臨床的有用性を確立することである。

方法

2020年12月1~31日の間にNorthShore大学ヘルスシステムの四つの地域救急部門で精神科的評価を受けた212名の患者が登録された。内訳は52.8%が女性,平均年齢は31.89±17.3歳,11名(5.2%)がアジア系,38名(17.9%)がアフリカ系,117名(55.2%)が白人系,19名(9.0%)がヒスパニック系,26名(12.3%)がその他の人種であった。

修士レベルのクライシスワーカーが自殺リスク評価尺度[NorthShore自殺リスク評価尺度,SCSチェックリスト短縮版(A-SCS-C),Epic Workflow 希死念慮項目]を使用し,評価を行った。患者処遇は精神科医,救急医,クライシスワーカーの相談により決定した。

患者の主訴を9項目[希死念慮(SI),自殺行動(SB),精神病症状/不穏,物質依存,抑うつ,躁,不安,攻撃性/行為障害/殺人念慮,他の症状]に分類し,A-SCS-Cの臨床的有効性を評価するために患者の処遇決定を結果変数とした2ステップの多重ロジスティック回帰分析を行った。SI,SB,精神病症状/不穏をステップ1に,A-SCS-Cの診断はステップ2に組み込んだ。また,Epic Workflowのコロンビア自殺重症度評価尺度(Columbia-Suicide Severity Rating Scale:C-SSRS)から抽出したSI情報を用いたモデルが異なるかを検証するために更なる2ステップの多重ロジスティック解析を使用し,感度分析を行った。そして次にA-SCS-C診断のみ,及び上記各統計モデルの感度と特異度を算出した。

結果

212名の患者のうち,122名(57.5%)が入院となった。79名(37.26%)がA-SCS-Cの評価で陽性もしくは極度の陽性という評価となった。主訴のうち,SIが83名(39%),SBが22名(10.4%),精神病症状/不穏が59名(28%)であった。全体としてSCS診断は入退院決定の73.1%(151名)と一致した。精神病症状/不穏を除外すると,SCSが一致した入退院決定の割合は86.9%(133名)に増加した。

最初のロジスティック解析では,ステップ1においてSBの存在が入院処遇の調整オッズ比(AOR)が最も高かった。ステップ2ではSCS診断がモデルに含まれ,入院処遇のAORが最も高くなった(AOR=65.9)。

Epic Workflowのリスク評価モデルにおいても結果は最初の解析と同様であり,ステップ2におけるSCS診断の入院処遇のAORは33.28で,C-SSRSのSI評価のAOR(0.37)をはるかに上回った。また,SCSは非常に高い特異度(0.92)を示したが,感度はほとんど偶然を上回らず,SCSと診断された患者はほとんど入院処遇となったが,この診断のない患者の入院処遇も多数あった。

また,最初のロジスティック解析では,ステップ1の感度及び特異度は不十分であったが,ステップ2の感度及び特異度は共に著しく増加した。

結論

本研究は,急性期の実際の現場における臨床判断に対してSCSの臨床的有用性を示す説得力のある証拠を提供した。SCSは救急部門における自殺リスク評価の中心的な要素として大きな価値があると思われ,自殺リスク評価の主要な根拠として自己報告によるSIに依存することの限界を軽減する可能性さえある。今後の研究によってこれらの知見を再現し,更に発展させることができるであろう。

263号(No.5)2023年11月27日公開

(渡邉 慎太郎)

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