聴覚言語幻聴を伴う統合失調症患者における低周波反復経頭蓋磁気刺激療法による脳血流変化

EUR ARCH PSYCHIATRY CLIN NEUROSCI, 273, 1851-1861, 2023 Cerebral Blood Flow Changes in Schizophrenia Patients With Auditory Verbal Hallucinations During Low-Frequency rTMS Treatment. Xie, Y., Guan, M., Wang, Z., et al.

背景

統合失調症は,陽性症状,陰性症状,認知機能障害という三つの主要な症状領域によって特徴付けられる複雑な精神障害である。中でも,聴覚言語幻聴(AVH)は統合失調症患者における最も一般的かつ障害を引き起こす陽性症状の一つであり,患者は外部から何も聞こえない状況にもかかわらず,話し言葉を聞く体験を報告する。この症状は,患者の60~90%に影響を及ぼし,大きな心理社会的な障害を引き起こすことが知られている。AVHの存在は,患者の日常生活の質を大幅に低下させ,社会的な孤立や職業的な機能不全をもたらすことがある。神経画像技術の進歩により,AVHに関連する脳の特定領域とその機能的結合の異常が明らかになりつつある。これらの領域には,聴覚野や言語処理に関わる領域が含まれ,AVHの発生において重要な役割を果たしていると考えられる。

しかし,現在利用可能な治療法では,全ての患者に効果があるわけではなく,特に従来の抗精神病薬に反応しない患者は,AVHを有する統合失調症患者の約25~30%に上る。このため,非侵襲的な脳刺激技術である反復経頭蓋磁気刺激(rTMS)療法が新たな治療選択肢として注目されている。低周波rTMS療法は,特定の脳領域における興奮性を低下させ,AVHの症状を軽減させる可能性が示唆されている。

方法

本研究では,統合失調症患者におけるAVHを対象として,低周波rTMS療法が脳血流に及ぼす影響を調査した。動脈スピンラベリング(ASL)核磁気共鳴画像法(MRI)技術を使用して,治療前後の脳血流の変化を非侵襲的に測定し,これらの変化がAVHの臨床的改善とどのように関連しているかを分析した。

本研究には,AVHを有する統合失調症患者26名と,年齢及び性別をマッチさせた健康な対照群28名が参加した。rTMS療法は,患者の左側頭頭頂接合部に1Hzの10秒間の刺激とその後の5秒のインターバルを60回繰り返す低頻度rTMS療法を15日間連続で行った。治療の効果を評価するために,臨床評価尺度を用いてAVHの重症度,その他の陽性及び陰性症状を測定し,更に各患者の言語学習能力や視覚空間認知能力に関する様々な神経心理学的評価も実施した。

治療効果の統計学的有意性を評価するため,基準時点と治療後のデータを比較分析し,対照群との差異も検討した。

結果

低周波rTMS療法後,統合失調症患者はAVHの有意な減少(p=0.000)を含む臨床症状の改善を示し,陽性症状評点が統計学的に有意に低下した(p=0.000)。

ASLMRI測定では,治療前に比べて治療後の脳血流が,特に左鳥距回や左中後頭回,左中帯状回で有意に増加した(p<0.05)。

健康な対照群と比較すると,治療前の患者群は特定の脳領域で血流が低下していたが(p<0.05),rTMS療法によって有意に血流が増加し,健康な対照群に近づいた。

この治療による左中側頭回における脳血流の変化は,AVHの症状減少と強く関連していた(r=0.534,p=0.042)。

結論

本研究は,統合失調症患者におけるAVHの治療に低周波rTMS療法を用いることが,脳血流の変化を通じて臨床症状の有意な改善をもたらす可能性があることを示唆している。これらの発見は,非侵襲的脳刺激技術が統合失調症の治療において有効なアプローチである可能性を示し,今後の治療開発における新たな方向性を提供している。

266号(No.2)2024年7月1日公開

(和田 真孝)

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