オリゴデンドロサイトの成熟障害が統合失調症の認知機能障害を引き起こす:新しい仮説

SCHIZOPHR BULL, 49, 1614-1624, 2023 Disturbed Oligodendroglial Maturation Causes Cognitive Dysfunction in Schizophrenia: A New Hypothesis. Falkai, P., Rossner, M. J., Raabe, F. J., et al.

背景

統合失調症(SZ)における認知機能障害は海馬と背外側前頭前野の機能的結合性の異常に起因すると考えられている。これまでの研究では主に神経伝達物質や神経回路の異常に焦点が当てられていたが,本研究はオリゴデンドロサイト(OLs)の成熟過程の障害が認知機能障害に深く関与しているという仮説を検討した。

これまでの研究

死後脳研究:SZ患者と健常者の死後脳サンプルの比較では,特に海馬CA4領域においてOLsの数が減少しており,更に独立したサンプルにおいて再現性が確認されている。OLsの減少は単極性うつ病及び双極性障害患者においては確認されず,SZ患者においては認知機能障害と相関していた。

動物実験:マウスモデルを用いた実験では母体の免疫活性化による炎症が,SZ関連行動障害,ミエリン化異常,シナプスやOLs関連遺伝子発現の変化を引き起こすことが明らかにされた。また,神経の発達段階におけるストレスがミエリン化の異常を起こすこともSZ発症において重要であると考えられた。

ヒト由来多能性幹細胞(HiPSC)による細胞モデル:SZ患者から得られたHiPSCsを用いてOLsを分化させ,その成熟度や機能を評価する研究が行われた。これにより,SZ患者由来のOLsが正常に成熟やミエリン形成を行えない可能性が示唆された。

有酸素運動が認知機能や海馬の可塑性に与える影響:SZの認知機能や海馬の容積に与える影響を調べるための臨床研究で,有酸素運動により海馬容積が有意に増加し,更にその増加の程度と認知機能の改善が相関していることが明らかになり,有酸素運動がOLsの成熟とミエリンの再生を促進する可能性のあることが示唆された。更に,ゲノムワイド関連解析においては,SZのポリジェニックリスクスコア(SZ-PRSs)と海馬の容積増加に負の相関が見られることが報告され,SZ-PRSsが脳の可塑性低下と関連していることが示唆された。細胞特異的なSZ-PRSsとの関連を見た研究では,この効果はOLs前駆細胞(OPCs)と放射状グリア細胞に限定されることがわかり,OPCsがSZの細胞治療のターゲットとして重要であると考えられた。

薬剤:クレマスチンは第一世代のヒスタミンH1拮抗薬で,OPCsの分化と再ミエリン化を促進する可能性が示唆されている。クレマスチンと有酸素運動を組み合わせることで,SZにおいてミエリンの再生と前頭側頭葉の結合性の回復に寄与する可能性がある。他にもミコナゾールやクロベタゾールなどもOLsの成熟やミエリン化を促進する薬剤として知られ,治療薬の候補である。

統合失調症における認知機能障害の新たな仮説

これまでの知見を総合し,OPCsとOLsの成熟障害がSZの病態仮説であると考えられた。この仮説は,①マクロ構造において,OPCsの成熟障害が前頭‐側頭領域の構造的結合性を障害している。②分子レベルで,OLsは軸索の代謝に関わっている。③OPCsは介在細胞からの入力によって構造化されたシナプスネットワークを形成しており,特にSZの発症においてミエリン化されたパルブアルブミン陽性ニューロンの発現低下による抑制性介在性ニューロンの機能低下が重要である,という三つの根拠に基づく。

結論

OPCsとOLsの成熟障害がSZの認知機能低下における重要な病態生理の一つである。クレマスチンなどのミエリン化を促進する薬剤と有酸素運動の組み合わせがミエリンの再生と神経可塑性の促進に有用であり,SZの認知機能を改善させる治療法になり得る。

266号(No.2)2024年7月1日公開

(三村 悠)

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