統合失調症におけるマルチモーダルな脳画像異常とトランスクリプトーム・神経伝達物質異常の関連

SCHIZOPHR BULL, 49, 1554-1567, 2023 Associating Multimodal Neuroimaging Abnormalities With the Transcriptome and Neurotransmitter Signatures in Schizophrenia. Luo, Y., Dong, D., Huang, H., et al.

背景

統合失調症に対する新規治療法の開発が進まない一つの要因として,統合失調症の病態生理の理解不足が考えられる。従って,脳画像の生物学的マーカーを特定し,脳画像と神経伝達物質や遺伝子間の関連を明らかにすることは,統合失調症の病態生理の更なる解明や標的治療においてきわめて重要である。これまで統合失調症に関する脳画像研究のメタ解析は行われてきた。しかし,たとえば構造・機能面に共通している病態を明らかにするためにも,マルチモーダルなメタ解析が必要である。近年,死後脳の遺伝子発現データと脳画像を統合することも可能となってきた。

本研究の目的は,統合失調症における脳画像マーカーを特定し,その脳変化と分子遺伝的基盤を決定することである。

方法

文献検索はWeb of Science,PubMed,BrainMapを用いて行った。対象は,統合失調症患者と健常者を全脳で比較した機能あるいは構造の脳画像研究のうち,2021年11月1日までに報告されたものとした。

脳画像研究のメタ解析は,GingerALEを用いてアクティベーション尤度推定(activation likelihood estimation:ALE)の手法で行った。臨床症状と脳画像の特徴の関連を調べるメタ回帰分析はSeed-based mapping(SDM)を用いて行った。回帰分析に用いたデータは,陽性・陰性症状評価尺度(PANSS),罹病期間,服薬量(クロルプロマジン換算値)などである。

神経伝達物質の情報は,陽電子放射断層撮影(PET)や単一光子放射断層撮影(SPECT)の研究結果をもとに,脳画像メタ解析の結果との関連をSpearmanの相関解析を用いて調べた。遺伝子発現の情報はAllen Human Brain Atlas(AHBA)の遺伝子発現データを用いて,脳画像メタ解析の結果との関連は部分的最小二乗回帰(partial least squares regression:PLSR)解析を用いて調べた。また,遺伝子の生物学的機能を調べるためにKEGG Orthology-Based Annotation System(KOBAS)解析を行った。

結果

メタ解析には,10,613名の統合失調症患者,10,461名の健常者を含む197の論文を組み入れた。

構造・機能画像の全てを合わせた解析では,統合失調症における前頭葉,上側頭回,島皮質,前帯状皮質,線条体,視床,海馬の異常が特定された。初回エピソードの患者では線条体,視床,上側頭回の異常が特定され,罹病期間の長い患者群では海馬や扁桃体,皮質の領域にまで異常が広がっていた。

右楔部の異常とPANSS陰性症状の重症度(p<0.000),右中前頭回とPANSSの合計評点(p=0.000)に有意な相関が認められた。

脳画像において異常が特定された部位との間に相関が認められた神経伝達物質として,ドパミンD2受容体(r(spear)=0.30,p(permuted)=-0.021),ドパミントランスポーター(r(spear)=0.25,p(permuted)=0.049),ノルアドレナリントランスポーター(r(spear)=0.37,p(permuted)=0.006),セロトニン受容体4(r(spear)=-0.32,p(permuted)=0.018),カンナビノイド受容体1(r(spear)=-0.24,p(permuted)=0.049)が特定された。遺伝子解析では,パーキンソン病,インスリンシグナル,シナプスなどに関わる25の遺伝子が特定された。

考察

本研究で特定された脳構造・機能異常部位は過去に報告されてきた皮質‐視床‐基底核あるいは皮質‐線条体回路における脳部位とも矛盾しない。また,罹病期間に従って,線条体から皮質に異常が広がっていくという所見は,統合失調症が進行性であることを示している。

近年の研究によると,統合失調症におけるドパミン機能の異常は,前頭前皮質におけるγ-アミノ酪酸(GABA)作動性介在ニューロンのグルタミン酸受容体の機能低下や,グルタミン酸作動性ニューロンのセロトニン5-HT2A受容体の異常の結果であると考えられている。本研究では脳構造・機能異常の部位と関連する神経伝達物質としてドパミン・セロトニン受容体が特定され,過去の研究から考えられている理論とも矛盾しない。

本研究の限界として,服薬量が必ずしも報告されていないため内服薬による影響があり得ること,本研究における統合失調症のサブグループは罹病期間で定義されており特定の症状や治療反応に基づく分類ではないこと,線条体から皮質に異常が広がるという解釈は横断研究を用いた結果に基づいているため今後の縦断研究が必要なこと,構造と機能の異常の関連の因果関係はわからないこと,が挙げられる。

結論

統合失調症における構造・機能画像研究に基づく異常部位として,線条体,視床,島皮質,前頭側頭部が特定された。これらの異常は線条体に始まり皮質に広がる可能性がある。更に,これらの異常部位は神経伝達物質や遺伝子発現の変化とも関連していた。

266号(No.2)2024年7月1日公開

(髙宮 彰紘)

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