統合失調症スペクトラムと双極性障害におけるミスマッチ陰性電位:群間及び性別間の違いと症状の重症度との関連

SCHIZOPHR RES, 261, 80-93, 2023 Mismatch Negativity in Schizophrenia Spectrum and Bipolar Disorders: Group and Sex Differences and Associations With Symptom Severity. Pentz, A. B., Timpe, C. M. F., Normann, E. M., et al.

背景

統合失調症スペクトラムと双極性障害は,重篤な精神疾患であり,社会的及び職業的機能に著しい障害をもたらすことがある。これらの疾患の病態生理は多因子的であり,完全には理解されていない。統合失調症と双極性障害の遺伝率は60~80%とされ,その一部は共通のリスクアレルに起因する。最近の大規模ゲノムワイド関連研究で,統合失調症及び双極性障害に関連した,グルタミン酸作動性神経伝達に繋がる遺伝子座が発見された。

聴覚ミスマッチ陰性電位応(MMN)は,反復する聴覚刺激の逸脱に対して鋭敏な事象関連脳反応であり,脳波で評価することができる。MMNの減衰は,グルタミン酸系のN-メチル-D-アスパラギン酸(NMDA)受容体の低機能,抑制性神経細胞の活動低下や,それに続くグルタミン酸系錐体細胞の神経伝達異常と関連している。また,MMNの振幅の低下は統合失調症において最も一貫して報告されている生物学的異常の一つであり,職業的障害や全般的機能の低下,そしておそらく側頭部や前頭部の皮質体積の減少と関連している。

しかしながら,統合失調症の男女間でグルタミン酸系に違いがあることが証明されているにもかかわらず,精神病においてMMNに対する性別の影響はほとんどわかっていない。そして,統合失調症と比べ,双極性障害に対するMMNの研究は進んでいない。

方法

本研究では,統合失調症(39名),双極性障害Ⅰ型(35名),双極性障害Ⅱ型(30名),健常者(296名)の計400名を対象に,聴覚的MMNパラダイムを用いた測定と臨床評価を行った。MMN,その反復陽性(RP),逸脱陰性(DN),及びそれらの記憶トレースをFCZ電極で記録した。解析では,臨床的・人口統計学的変数の評価には分散分析,MMNと臨床評価との関連の検討には線形回帰モデルを使用した。

結果

MMNは統合失調症の患者で,双極性障害患者(p=0.007,Cohen’s d=0.55)及び健常者(p<0.001,Cohen’s d=0.63)と比較して減衰していた。性別と群の相互作用が認められ(p<0.003),MMNの障害は男性の統合失調症患者にのみ検出された。DNの障害は,健常者と比較して,統合失調症の男性で認められた(p=0.012)。

ペアワイズの事後比較により,統合失調症の患者では,健常者(p<0.002)及び双極性障害Ⅱ型(p=0.01)と比べてMMNの有意な減衰が認められたが,双極性障害Ⅰ型との間には有意な差はなかった(図)。

統合失調症群において,MMNの振幅は,陽性症状及び陽性・陰性症状評価尺度(PANSS)の総評点と正の相関があり(t=2.12,β=0.31,p=0.041),Global Assessment of Functioning(GAF)-F評点とは負の相関があった(t=-2.37,β=-0.34,p=0.028)。これらの関連が有意であったのは男性患者においてのみであった。

MMN,DN,RPの記憶トレース指数に群間差は認められなかった。

考察

MMNは統合失調症で減衰し,より重度の精神症状及び低い機能レベルと相関していた。本研究の結果は,統合失調症におけるグルタミン酸機能の性差を示唆する。

統合失調症と双極性障害の患者間でMMN,RP,DNの性差を調べたこと,及びMMNと臨床的特徴との関連を探索したことが本研究の強みである。本研究の限界としては,MMNがグルタミン酸神経伝達の間接的な指標であること,サンプルサイズが小さく検出力が不足していること,横断研究であるため患者の重症度や薬物治療の影響を考慮できなかったこと,などが挙げられる。

本研究の結果は,MMNが統合失調症の強力な生物学的マーカーとなることを支持する。統合失調症におけるMMN減衰,症状クラスター,性別の関連について,更なる研究が求められる。

図.統合失調症(SCZ)、双極性障害Ⅰ型(BDⅠ)、Ⅱ型(BDⅡ)の患者、及び健常者(HC)における、標準聴覚刺激の2回・6回・18回の反復に対するミスマッチ陰性電位(MMN)の総平均を示す散布図

266号(No.2)2024年7月1日公開

(上野 文彦)

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