母体の周産期ストレスの軌跡と子どもにおける否定的感情及び扁桃体の発達

AM J PSYCHIATRY, 180, 766-777, 2023 Maternal Perinatal Stress Trajectories and Negative Affect and Amygdala Development in Offspring. Marr, M. C., Graham, A. M., Feczko, E., et al.

背景と目的

妊娠中の母体の抑うつ・不安などの心理的ストレスは,子どもにおける精神障害の危険因子である。母体の心理的ストレスについては主にその重症度が注目されていたが,環境に対する胎児の神経発達の感受性は段階により異なるため,母体の心理的ストレスのタイミングや変化も近年注目されている。しかし,母体のストレス軌跡が乳児の脳機能と行動表現型にどのように影響するかについてはほとんど知られていない。

本研究では,データ駆動型のアプローチを用いて,母体の経時的ストレス軌跡を同定した。そして,母体のストレス軌跡が,新生児期の情動発達と扁桃体結合性にどのように関連するかを検討した。最後に,独立した大規模なデータセットを用い,これらの知見の一般化可能性についても検証を行った。

方法

二つの独立した低リスク母子コホート[カリフォルニア大学(University of California,米国)の前方視的コホート(UCIコホート)115名,トゥルク大学(University of Turku,フィンランド)の前方視的コホート(FinnBrainコホート)2,156名]において,妊娠中の母体の不安・ストレス・抑うつを複数の時点(UCIコホート:妊娠早期,中期,後期,産後1,3,6,9,12,24ヶ月後;FinnBrainコホート:妊娠早期,中期,後期,産後6,12,24ヶ月後)で評価した。乳児の否定的感情も出生後の複数の時点(UCIコホート:生後3,6,9,12,24ヶ月;FinnBrainコホート:生後6,12,24ヶ月)で評価した。

乳児の安静時機能的結合性の核磁気共鳴画像法(MRI)は,UCIコホートの一部(60名)を対象として,出生後1ヶ月時点で評価した。

機能的ランダムフォレストという新規のデータ駆動型のアプローチを用いて,UCIコホートにおいて母体のストレス軌跡を同定し,FinnBrainコホートで再現性を検証した。また母体のストレス軌跡と乳児の否定的感情の関連を調査した。そして,探索的解析として,母体のストレス軌跡と,新生児扁桃体の機能的結合性の関係を調査した。

結果

UCIコホート115名において,四つの経時的ストレス軌跡クラスター(軌跡1:妊娠後期にストレスのピーク35名,軌跡2:妊娠中期にストレスのピーク27名,軌跡3:妊娠後期にストレスの増加26名,軌跡4:産後にストレスの減少14名)と,2種類のストレス重症度クラスター(平均ストレス複合スコアが高い群57名と低い群57名)が同定された。これらの軌跡1,2,3はFinnBrainコホートにおいても再現されたが,軌跡4は再現されなかった。

UCIコホートにおいて,経時的ストレス軌跡クラスターの軌跡3は,乳児の否定的感情の低い発達と関連しており(B=-0.918,p=0.032),これはFinnBrainコホートでも再現された。母体のストレス重症度クラスターと乳児の否定的感情については関連がなかった。

母体のストレス軌跡と新生児扁桃体の機能的結合性の関係については,経時的ストレス軌跡クラスターの軌跡1は,腹内側前頭前皮質(B=0.173,p=0.011)及び前部島皮質(B=0.166,p=0.006)に対する新生児扁桃体の結合性の強さと関連し,軌跡3は腹内側前頭前皮質(B=0.172,p=0.011)に対する新生児扁桃体の結合性の強さと関連していた。

限界

本研究の限界として,母体のストレスの評価には主観的尺度が用いられている点,また,乳児の行動も母親による報告に基づいた尺度が用いられていることから,乳児の行動に関する評価自体が母体の心理的環境に影響を受ける可能性がある点が挙げられる。また,二つのコホートで用いられた不安と抑うつの評価尺度が異なる点にも注意を要する。そして,UCIコホートのサンプルサイズが小さいことも本研究の限界である。

結論

母体のストレス軌跡は,子どもの脳と行動の発達に影響を及ぼすことが明らかになった。本研究により,ストレスの重症度に主眼を置くのではなく,母体の周産期ストレスの経時的変動を考慮することが重要であることが示唆された。周産期ストレスと,それが乳児の神経生物学的及び心理社会的発達に及ぼす影響についてより詳細に理解することは,母親と乳児の精神的健康を支援するための介入を洗練し,改善するために重要である。 

266号(No.2)2024年7月1日公開

(内田 貴仁)

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