他の抗精神病薬と比較したクロザピンの無顆粒球症リスクの長期持続性:フィンランドにおける全国規模のコホート及び症例対照研究

LANCET PSYCHIATRY, 11, 443-450, 2024 Long-Term Persistence of the Risk of Agranulocytosis With Clozapine Compared With Other Antipsychotics: A Nationwide Cohort and Case–Control Study in Finland. Rubio, J. M., Kane, J. M., Tanskanen, A., et al.

背景

治療抵抗性統合失調症治療薬として唯一承認されているのはクロザピンであるが,無顆粒球症への懸念や血液モニタリングの負担により,十分に用いられていないという現状がある。疫学研究では,クロザピン誘発性無顆粒球症のリスクは治療開始後数ヶ月で急激に低下することが指摘されているが,長期的にどのように進展するかはわかっていない。

本研究の目的は,クロザピン治療を受けた患者における無顆粒球症のリスク,及びその長期経過について他の抗精神病薬による治療を受けた患者と比較した場合のエビデンスを作成し,血液モニタリングに関する推奨事項,及び抗精神病薬による治療を受けた患者における無顆粒球症のリスクに関する情報を提供することである。

方法

フィンランドの全人口から1972~2014年の間に統合失調症または統合失調感情障害と診断された人々を同定した。22年間の観察期間(1996~2017年)において,クロザピン治療者と非クロザピン系抗精神病薬治療者のそれぞれにつき,Kaplan-Meier曲線を用いて無顆粒球症の累積発生率を推定した。また,コホート内症例対照研究によってクロザピンと非クロザピン系抗精神病薬それぞれの様々な治療期間を比較し,ロジスティック回帰分析により多変量解析で各治療期間における補正後オッズ比(aOR)を得た。

結果

参加前から無顆粒球症と診断されていた81名は除外し,統合失調症または統合失調感情障害の患者61,769名(クロザピン治療者14,037名,非クロザピン系抗精神病薬治療者47,732名)を同定した。平均年齢は46.67歳[四分位範囲(IQR)34.44~57.61]であり,そのうち女性は30,721名(49.7%),男性は31,048名(50.3%)であった。民族に関するデータは得られなかった。抗精神病薬の治療期間の平均日数は,クロザピンで398日(IQR 95~1,193),非クロザピン系で579日(151~1,607)であった。無顆粒球症と診断された患者は398名(クロザピン治療者231名,非クロザピン系抗精神病薬治療者167名)であり,無顆粒球症の絶対累積発生率はクロザピンで1.37%[95%信頼区間(CI):0.58-3.16],非クロザピン系抗精神病薬で0.13%(95%CI:0.04-0.23)であった。

398名の症例と1,987名の対照のコホート内症例対照研究では,クロザピンによる無顆粒球症のリスクは,aOR(95%CI)が治療期間6ヶ月未満では36.01(16.79-77.22)であったのに対し,54ヶ月以上では4.38(1.86-10.34)と,時間の経過とともに急減した。ただし,基準(非クロザピン系抗精神病薬治療12~23ヶ月)よりも低くなることはなかった。非クロザピン系抗精神病薬では,治療期間6ヶ月未満の無顆粒球症のリスクは基準よりも高く,aORは4.23(95%CI:2.02-8.88)であった。しかし,最初の6ヶ月を過ぎると,リスクは基準と同程度になった。

クロザピン治療群において,無顆粒球症による死亡者は3,559名に1名の割合であった。

考察

本研究はクロザピン誘発性無顆粒球症に関する長期データを報告した最初の研究であり,無顆粒球症リスクをクロザピンと他の抗精神病薬の間で比較検討した最初の研究でもある。世界で最もクロザピンが使用されているフィンランドの全国登録を用いることにより,この稀な事象を研究するに十分な検出力を持つ蓄積データを研究することができた。

本研究の限界としては,無顆粒球症について,クロザピンの服薬者は系統的に調査されたが,他の抗精神病薬の服薬者は調査されなかったため,サーベイランスバイアスが生じ,本薬のリスクの過大評価に繋がった可能性が挙げられる。ただし無症状の無顆粒球症は10%未満であり,また入院を要した症例に限定した感度分析も実施したが結果は同様であったことから,その影響は大きいものではないと言える。一方で,モニタリングや無顆粒球症が疑われた場合のクロザピンの早期中断が実施されなければ,無顆粒球症のリスクはより悪化したであろうことも考慮する必要がある。

結論

クロザピン誘発性無顆粒球症のリスクは時間の経過とともに急峻に低減する。それでも非クロザピン系抗精神病薬より高いリスクが持続したが,これは症状,機能的転帰,そして生命予後の改善を含むクロザピンの既知の利点の大きさによって相殺されると考えられる。現状では生涯にわたる無顆粒球症のスクリーニングを,最初の数年の後には緩和し,クロザピン使用の抵抗を減らすことは妥当である。

268号(No.4)2024年10月28日公開

(下村 雄太郎)

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