日本における精神病リスクの命名法:ハイリスク者,介護者,精神保健専門職における調査結果

SCHIZOPHR RES, 267, 373-380, 2024 Nomenclature for Psychosis Risk in Japan: Survey Results from High-Risk Individuals, Caregivers, and Mental Health Professionals. Takahashi, T., Katagiri, N., Higuchi, Y., et al.

背景

精神病ハイリスク状態を表すこれまでの用語は,スティグマに繋がる可能性がある。精神医学における早期介入の分野では,潜在的な前駆症状を有する若者の状態を表現するために,いくつかのラベリング用語が用いられてきた。本研究では,既存のハイリスク用語や新しいハイリスク用語の適合性を,異なる精神保健制度や文化的背景を持つ様々な臨床において世界中で検討する必要があるという発想のもと,その翻訳語に対するメンタルヘルスケアの利用者及び臨床家の認識を調査した。

方法

日本において早期介入を牽引している二つの医療施設において,2021年3月~2023年10月にかけて,精神病発症危険状態(at-risk mental state:ARMS)の若者,家族,臨床家を対象にハイリスク関連用語についての質問票調査を実施した。

質問票

質問票の日本語版は,英語版(Polari et al.,2021)からメルボルンの研究者による翻訳,逆翻訳,確認のプロセスを経て作成された。原文と日本語版の唯一の違いは,後者がARMSの訳語を2種類[ARMS-psychosis(精神病発症危険状態),ARMS-kokoro(こころのリスク状態)]並列して提示しているところである。このように,本研究で使用した質問票では,既存の四つのハイリスク用語[超ハイリスク(Ultra high-risk:UHR),減弱精神病症候群(Attenuated psychosis syndrome:APS),精神病発症危険状態(ARMS-psychosis),こころのリスク状態(ARMS-kokoro):At-risk mental state]と,豪州から新たに提起された新しい三つの用語としてpre-diagnosis stage(PDS),potential of developing a mental illness (PDMI),disposition for developing a mental illness(DDMI)を用いている。

統計解析

カテゴリー変数は,カイ二乗検定またはFisherの正確確率検定を用いて群間で比較した。否定的意味合いは,参加者の主観的な印象の指標としてスティグマ,羞恥心,役に立たない,必要とされない,の各項目の得点(全項目1~5点の範囲)を加算して算出し,否定的意味合いが強いほど得点が高くなる。否定的意味合いの得点の群間差は,一元配置分散分析(ANOVA)と事後Scheffe法によって検定した。有意差ありをp<0.05とした。

結果

合計で62名のARMSの若者と,介護者44名(患者の父母39名,兄弟姉妹3名,その他の介護者が2名),臨床家64名が参加した。臨床家における精神科早期介入分野の職務経験は平均で5.2年(標準偏差5.3,中央値3.0)であった。

臨床家では,全ての用語について,聞いたことがある割合と,理解している割合がその他の群と比較して有意に高かった(全ての項目において,「理解している」あるいは「聞いたことがある」の最小値が40.6%,最大値が98.4%であったのに対し,ARMSの若者では最小値が3.2%,最大値が43.5%であり,介護者では最小値が2.3%,最大値が63.6%であった)。「こころのリスク状態」は,既存の用語の中で,若者と介護者に最もよく知られていた(約40%)。新しい用語(PDS,PDMI,DDMI)については,3群共に「理解している」の割合は22.6~63.6%であった。

聞いたことがある,または理解しているハイリスク用語の表現に対してとれくらい同意できるかを参加者に質問した。既存の用語では,「こころのリスク状態」のみ群間比較が可能であり,群間差は認められなかった。介護者は,DDMIという用語についてほかの群に比較して好意的であった。否定的意味合いについては群間の差はなかった。否定的意味合いの得点の差について各群で検討したところ,若者群では有意差は認められなかった[F (6, 87) =1.35,p=0.243]が,介護者群では,「こころのリスク状態」と比較してUHRの評点が高かった[F (5, 68)=4.38,p=0.002;事後Scheffe検定,p=0.031]。臨床家群では,「こころのリスク状態」という用語は,UHR(p<0.001),APS(p=0.019),PDMI(p=0.007),DDMI(p<0.001)と比較して評点が低かった。また,PDSという用語は,UHR(p=0.015)及びDDMI(p=0.010)よりも有意に評点が低かった。ANOVAでは,どのハイリスク用語においても,否定的意味合いの評点は臨床家の勤務年数(p>0.141)や患者のサービス利用期間(p>0.418)とは相関しなかった。

結論

「こころのリスク状態」は,ハイリスク用語の中で最も好まれ,かつスティグマ化しづらい用語である。

268号(No.4)2024年10月28日公開

(舘又 祐治)

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