自殺に先行する不安症状:スウェーデン全国記録調査

J AFFECT DISORD, 355, 317-324, 2024 Anxiety Symptoms Preceding Suicide: A Swedish Nationwide Record Review. Doering, S., Probert-Lindström, S., Ehnvall, A., et al.

はじめに

不安と自殺行動との関連についての文献は限られている上に,その結果は交錯している。本研究の目的は,自殺の数週間~数ヶ月前の間に医師が不安症状と自殺傾向について記載していたかどうかを究明することである。

方法

2015年のスウェーデンにおける自殺者に関する全国調査のデータから,死亡前1年以内に1回以上,対面または電話で医師の診察を受けており,その診療記録が入手可能な者956名を抽出した。事前にプロトコールの訓練を受けた医療従事者が診療記録を精査し,「不安」と記載された記録のみ不安症状が存在するものとして変数化した。「心配」「緊張」などの記載は不適格とした。

不安症状の記載の有無別に自殺者に関する臨床的特徴を比較した。自殺に近接する不安症状と自殺との関連性を推定するためにオッズ比を算出した。

結果

対象の自殺者956名のうち,自殺前1年以内に不安症状が記載されていた者(有不安者)は39%(男36%,女47%)であった。自殺前の1週間以内に1回以上の診察を受けていた自殺者では50%(男43%,女64%)に及び,最も高率であった(図)。

自殺前の3ヶ月以内では,有不安者では不安症状の記載のない者(無不安者)に比し病気休暇中である可能性が2倍(40.6% vs 21.2%;p<0.001),孤独を経験している可能性が2倍(27.7% vs 15.9%;p<0.001)高く,経済的困難もより高率に認められた(21.8% vs 14.0%;p=0.005)。

有不安者の9割近くに,持続する精神障害の記載が認められた。有不安者では,抑うつ症状(p<0.001),睡眠困難(p<0.001),疲労(p=0.008),持続する物質関連問題(p=0.018)が,無不安者に比し有意に高率に認められた。

自殺前の3ヶ月間に精神科に入院していた者は,有不安者の約3分の1,無不安者の5分の1であった。自殺前の3ヶ月間に精神科外来を受診した者は,有不安者の54%,無不安者の35%であった。自殺前の30日間に専門的な身体ケアを受けていた者は無不安者の約半数(47.4%)に対し,有不安者では約3分の1(32.3%)であった(p<0.001)。自殺前1ヶ月間に精神科を受診した者は有不安者の約3分の2(63.4%),無不安者の40.3%であった(p<0.001)。

自殺前1週間以内の有不安者では,無不安者と比較して自殺念慮の記載は4倍,自殺リスク上昇の記載は3倍多く認められた。これらのオッズ比は性別,年齢,ICD-10の気分症診断で補正した分析では若干減少したが,補正前と同様の傾向(自殺リスク上昇の記載は有不安者が無不安者の2倍)が認められた。

また,薬物が処方されていた者の割合は,抗うつ薬は有不安者の約3分の2(65.5%),無不安者の41.3%,抗不安薬は有不安者の約半数(49.8%),無不安者の約4分の1(24.9%),鎮静薬は有不安者の約6割(57.2%),無不安者の4割(42.4%)であった(いずれもp<0.001)。オピオイド(10.5% vs 16.6%;p=0.017)や解熱鎮痛薬(16.6% vs 23.8%;p=0.016)は無不安者により多く処方されていた。有不安者の約3分の2(63.1%,無不安者では38.0%)は死亡時に精神科医から薬物療法を受けていた(p<0.001)。

考察と結論

本研究の限界として,データが医師の記載に基づいており,医師の専門分野に応じて不安症状が過小評価された可能性があること,2015年のスウェーデンにおける自殺死亡者記録の5分の1が入手できなかったことが挙げられる。

本研究の結果,不安症状が自殺前1週間以内に一般に認められ,自殺リスクの上昇の記載が増していることが示された。著者らの知見は,不安症状を有する患者に接する精神科医や精神科医以外の専門医,一般開業医を啓発するものとなるであろう。

図.自殺前の特定期間において医師の診察時に記録された不安症状の割合

268号(No.4)2024年10月28日公開

(久江 洋企)

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