アルツハイマー病における抑うつ:疫学,機序と治療

BIOL PSYCHIATRY, 95, 992-1005, 2024 Depression in Alzheimer’s Disease: Epidemiology, Mechanisms, and Treatment. Huang, Y.-Y., Gan, Y.-H., Yang, L., et al.

はじめに

レビューでは,うつ病とアルツハイマー病(AD)の関係についてのこれまでの知見をまとめた。

疫学

多くの研究において,うつ病はADを含め全ての認知症のリスクを高めることが示唆されている。特にうつ病の重症度は認知機能低下と強く関連している。英国のバイオバンク研究においては,未治療のうつ病患者は適切な治療を受けたうつ病患者よりも30%認知症の発症リスクが高いと報告されており,早期治療介入の重要性が示唆される。

およそ16~32%の認知症者が抑うつ症状を経験する。抑うつ症状は,ADの早期においては心理的反応を反映したものであるが,後期においては重度の認知機能障害が感情反応を妨げるために生じたものであると考えられている。

機序

うつ病の遺伝素因がADに与える影響:ADとうつ病(MDD)の間で共通の多遺伝子構造は同定されていないが,いくつかの研究でMDDのリスク遺伝子がADの発症リスクと関わることが報告されている。

うつ病におけるAD関連生物学的マーカーの蓄積:抑うつ症状とアミロイドβ,タウの蓄積が関連するという報告もあれば,否定的な報告もある。慢性的なストレスや炎症反応,特にインターロイキン-6や腫瘍壊死因子(TNF)-αなどの炎症性サイトカインがうつ病患者の血清や脳内で増加しており,これが脳構造と認知機能を障害すると考えられる。

ADの遺伝素因がうつ病に与える影響:複数の遺伝子解析研究により,ADのリスク遺伝子,特に,免疫応答やエンドサイトーシスの調節に関与する遺伝子が,うつ病発症のリスクに影響を与える可能性があると報告されている。

AD関連生物学的マーカーが抑うつ症状に与える影響:脳内タウ蓄積や血漿タウ濃度は抑うつ症状と関連し,アミロイドβオリゴマーの投与が抑うつ様行動を引き起こすことがマウスモデルで示されている。

うつ病とADにおける共通の機構:TMEM106B遺伝子の単一ヌクレオチド多型(SNP)が,うつ病とADの両方と関連していることが明らかになった。また,ADや他の神経変性疾患は,種々の精神障害と少なくとも13の原因タンパクを共有している可能性があり,これは,神経変性疾患に関連するタンパク質の30%に相当する。

環境因子:生活様式,食事,身体的活動度,社会的支援の状況がうつ病とAD双方の発症に関わることが報告されている。

神経血管機能不全:うつ病やADの患者では,気分に関連する脳領域で神経血管機能不全が認められる。この異常には,血管内皮増殖因子(VEGF)とその受容体(VEGFR2)の経路などを介して,血液脳関門(BBB)の透過性の増加が関与している。

海馬の神経新生:成人の海馬の神経新生(AHN)は,ヒトや動物モデルにおいて認知機能及び神経の可塑性に関連する。レビー小体型認知症患者の抑うつ治療において,選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)の使用が認知機能の低下を抑えることが示されていることから,抗うつ薬がAHNの亢進を誘発し,それにより神経変性が抑制され,記憶が保たれるという仮説が支持される。他方,ADマウスモデルでは,AHNを促進することが,プラークに対するミクログリアの貪食能力を向上させる。

脳の構造変化:うつ病及びAD患者では,海馬の容積減少と白質病変の増加が共通して観察されている。うつ病とADの双方で前帯状皮質や側頭葉領域の萎縮が見られるが,一方で後帯状皮質や楔前部の萎縮はADに特徴的な所見である。

脳の機能変化:うつ病とADの双方で,デフォルトモードネットワーク(DMN)の変化が見られる。うつ病患者では,前部DMN内及び前部DMN‐顕著性ネットワークの機能的結合性が上昇し,後部DMN内及び後部DMN‐中央実行系ネットワークの機能的結合性が低下するパターンが見られる。遅発性のうつ病患者における機能的結合性の異常はアミロイドβの蓄積量及び認知機能障害と関連する。

治療

うつ病治療のAD予防効果:SSRIによる治療は,軽度認知障害(MCI)を持つうつ病患において,ADへの進行を約3年遅らせる効果がある。エスシタロプラムには脳脊髄液中のアミロイドβ42の減少効果も報告されている。

ADにおける抑うつ症状の治療効果:抗うつ薬は,AD患者の抑うつ症状に対して広く使用されるが,その効果は限定的である。一部の研究では,ミルタザピン,セルトラリン,デュロキセチン,ベンラファキシン,ボルチオキセチンなどが有効と報告されている。他にも認知行動療法,認知リハビリテーション,回想療法は,MCIや認知症患者の抑うつ症状を軽減し,その効果が持続することも報告されている。経頭蓋磁気刺激(TMS)は遂行機能や注意力を改善する効果があり,一部のうつ病患者において認知機能の改善が見られるが,AD患者の認知機能障害に対する効果はまだ一貫していない。

268号(No.4)2024年10月28日公開

(三村 悠)

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