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「バーチャルビーイング」は他者理解やコミュニケーションのあり方をどのように変えるのか:佐久間洋司さん、佐竹麗さんインタビュー
「バーチャルビーイング」は他者理解やコミュニケーションのあり方をどのように変えるのか:佐久間洋司さん、佐竹麗さんインタビュー

medical XRではこれまで、XRコンテンツや触覚技術、Body Sharingなどのさまざまなテクノロジーが人々の健康観や医療のあり方をどのように変えるのかを探索してきました。
今回注目するのは、アバターやエージェントを用いた新しいコミュニケーションの研究に取り組んできた大阪大学社会ソリューションイニシアティブ特任研究員の佐久間洋司さんが提唱する「バーチャルビーイング」という考え方です。
「Shape New World Initiative」という研究プロジェクトを共同で進めている佐久間さん、一般社団法人たまに代表理事の佐竹麗さんに、「バーチャルビーイング」の考え方を起点とした他者理解やコミュニケーションの未来像、人々の合意形成のあり方、果ては未来のウェルビーイングまでをお伺いしました。
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◆「バーチャルな身体」を共有する
◆バーチャルビーイングが変える、人々の合意形成や集団の定義
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佐久間洋司(さくま・ひろし)
1996年生まれ。アバターやエージェントを用いた新しいコミュニケーションの研究に取り組む。2025年大阪・関西万博では大阪パビリオンのディレクターを務め、「未来のバーチャルビーイング」の展示を統括する。2021年には国家プロジェクトのひとつであるムーンショット型研究開発事業の調査研究でチームリーダーを務めた。2022年には日本オープンイノベーション大賞文部科学大臣賞を受賞。日本SF作家クラブ会員他。Forbes JAPAN 30 UNDER 30 2023に選出。
佐竹麗(さたけ・うらら)
一般社団法人たまに代表理事。システム思考とシステムズエンジニアリングをベースに、個々人が関われる"部分"と社会の"全体”とが連動してポジティブな変化をもたらす取り組みについて研究・実践している。ムーンショット型研究開発事業ミレニアプログラムでは、吉田チームで社会構造の分析・執筆を担当、デジタル田園都市国家構想における地域幸福度指標の策定にも参画した。2021年より、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科(SDM)特任助教。2023年より、Metaverse Japan Lab 事務局・研究フェロー。
「バーチャルな身体」を共有する
──まず、佐久間さんが提唱している「バーチャルビーイング」の考え方について教えていただけますか。
佐久間:「バーチャルな身体をもつ存在」を包括した総称のことを指しています。これは、私たちに代わって自律的に振る舞う「エージェント」と、ユーザーである私たちが操作・制御できる「アバター」に分けられると考えています。
例えば、エージェントであれば自分の代わりに誰かとコミュニケーションをとってくれるかもしれませんし、仕事をしてくれるかもしれません。以前、medical XRには玉城絵美先生のインタビューが掲載されていると思うのですが、玉城先生がBody Sharingの技術で実現しようとしている「マルチスレッドライフスタイル(※自身が遠隔地のロボットやアバターと身体感覚を共有し、世界中でスポーツや観光などを体験できることで、体験量を増やす考え方)」のような未来社会に近いものです。
関連記事:ボディシェアリングが人間の「健康観」を変える──琉球大学工学部教授/H2L代表・玉城絵美インタビュー
──そうした新しい身体性をもつことで、何が可能になるのでしょうか?
佐久間:ときに私であって、私ではないという、アイデンティティを維持しながらも自在に複数の人生が送れると思います。例えば、フィジカルな世界において、私に見た目が似ているロボットと対話する場面であれば、明らかに私のアンドロイドだと認識できると思うのですが、バーチャルビーイングにおいては異なると思っています。なぜなら、そのアバターを操作しているのが私なのか、エージェントなのか、別の方なのか……あるいは複数人でそのアバターに入っているかも区別がつきません。
──実空間の場合は、そこにある人間の身体やロボットと精神が一対一の関係性かもしれませんが、ひとつのアバターのなかに複数人が入り込むことも有りうるんですね。
佐久間:はい。これも、medical XRにて鳴海拓志先生(鳴海東京大学大学院情報理工学系研究科准教授)が、「プロテウス効果(変身効果)」に言及されていたと思います。バーチャル空間上でのアバターの見た目がユーザーの行動特性に影響を与えるという考え方ですが、高齢者の方のアバターを操作すると学生が高齢者の方に優しい言葉を使うようになったという有名な研究などがあると思います。その際、単にアバターを操作するだけではなく、その課題の当事者の方と一緒にアバターに入り、一緒に操作して体験できると、より大きな行動変容につながるかもしれませんよね。
関連記事:アバター研究を応用すれば、人間の能力や性格は変えられる?──東京大学大学院情報理工学系研究科准教授・鳴海拓志インタビュー(前編)

例えば、私の友人で日光を浴びるとアレルギー反応が出てしまう方がいるのですが、一緒に同じアバターを操作して、バーチャル空間における彼女の通勤路を一緒に歩くと、彼女の「日常生活のなかでこういうときに不安を覚える」という感覚をより理解できるかもしれません。このように、ひとつのアバターにリアルタイムで複数人が入り込み、共有することで可能になることも多くあると考えています。
佐竹:メタバース関連の研究や活動を見ていると、身体の機能や見た目等のフィジカルな要素が、人の振る舞い、ひいてはマインドセットに与える影響の大きさを実感することが多いのですが、今の佐久間さんのお話はさらにその先を行っていて興味深いです。私が普段から使っているシステム思考では、組織も個人も一つのシステムと捉えらえられるので、その点はとてもイメージしやすいです。システムの内部に葛藤もあれば矛盾もある。それでも一つのシステムとして振る舞うし、構成要素それぞれにとっても、そこにしかない体験や学びがある。その意味では、アバターがひとつのコミュニティみたいになり、体験の幅を広げてくれるのかもしれない。アバターの外に視点を転じると、素性がわからないアバターと接するのは、ちょっとドキドキする気がしますけれども。
バーチャルビーイングが変える、人々の合意形成や集団の定義
──そうした「バーチャルな身体」のあり方の先には、どのような世界があり得るのでしょうか?
佐久間:集団や人々の総体としての意思、合意形成のあり方が変わっていくと思います。例えば、自分と佐竹先生がバーチャル上で共通のアバターやエージェントを保有し、それが自分たちの代わりに仕事をしてくれるとします。外から見れば区別がつきませんし、私や佐竹先生の代わりにAIやLLM(大規模言語モデル)が他者とのコミュニケーションを担っているかもしれません。それらのバーチャルビーイングは行動原理や知識として表されているので、データを通じた無意識な合意形成を超えた人工社会的なシミュレーションも可能になります。私と他者やAIのようなエージェントが重なり合い、コミュニケーションや相互理解をさまざまなレイヤーで重ねた結果として、新しい社会が形成されると考えています。
また、先ほど話したような私たちの共通するバーチャルビーイングという観点で掘り下げるなら、私たちの意識や意思、合意形成の総体としての日本国というバーチャルビーイングがつくられたり、米国と日本のバーチャルビーイング同士が意見を交換するような可能性もあります。
──そうした未来が、佐久間さんがたびたび「人類の調和」と言っている社会のあり方でしょうか。
佐久間:そうですね。私たちが自律した個人でありながらも、個々人の幸福と集団の幸福が両立する「調和する社会」を実現するためには、バーチャルビーイングのような道具も重要だと思っています。

佐竹:非常に興味深いと思います。わたし自身は、システム思考のフレームワークを活用し、個々人が関われる"部分"と社会の"全体”とが連動してポジティブな変化をもたらす取り組みについて実践と研究を重ねています。佐久間さんのお話を伺っていて、大きな合意形成の仕組みについても検討しながら、個々人が他者とどういうふうに関わるのか、理解するのかという点についても検討されていて、システム思考のアプローチや考え方とも重なる部分が多くあるように感じました。
佐久間: ありがとうございます。そうですね、自分の意見やあなたの意見を強く意識させたり、歩み寄るという感覚を獲得できたりする道具として、バーチャルビーイングは、佐竹さんのおっしゃるシステム思考と目指すところが近いと思います。
──具体的に、人々の合意形成のあり方はどのように変わると考えていますか?
佐久間:合意形成についてさらに考えていくと、「集団」というものの捉え方も変わっていくと思います。いまは住友ファーマだったり大阪府民のように集団が規定されていると思うのですが、これからは解決しなければならない課題や共有しなければならない価値があったときに、それに対して関わるべきステークホルダーを抽出し、その瞬間に集団が生まれるというあり方に変わっていくと思います。
例えば、原子力発電によって生み出された核廃棄物をどこに保管するかを検討する際、市役所と電力会社の方が何度も住民説明会を開くと思うのですが、地域の方だけではなくその電力を消費した方々も広くはステークホルダーになりますよね。そうした課題ベースで集団を定義し、ステークホルダーの関わる量ごとに投票の重み付けをして、課題にアプローチできるのではないかと思います。そして課題が解決されれば、集団も解消されるような未来がやってくると思っていて。
佐竹:属性に近いような長期的な「集団」ではなく、プロジェクトごとに生成されるイメージに近くなっていくんですね。課題を解決するために生成されるミッションベースの集団もあれば、求める価値を実現するために生成されるビジョンベースの集団もある、と。
佐久間:どちらもありえますよね。本来的には価値観やモチベーションにひもづいて抽出するべきだと思うのですが、短期的にはプロジェクトやミッションに対して集団が形成されると思います。そうした抽出と解消の繰り返しを経て、より本質的な私たちが形成されていくんだと思います。
2045年の健康とウェルビーイング
──現在、佐久間さんと佐竹さんは、2045年に訪れるであろう未来社会を主体的かつ妥当性のある形で描いていく「Shape New World Initiative」という研究プロジェクトに取り組まれていると思います。どのようなプロジェクトなのでしょうか?
佐久間:はい。地球の未来と生物多様性、健康とウェルビーイング、平和と人権、食と暮らしの未来、学びと遊び、未来への文化共創、未来のコミュニティとモビリティ、SDGs+Beyond いのち輝く未来社会の八つを掲げ、書籍や論文、トレンド分析などの文献調査を行い、専門家へのインタビューやヒアリング、市民参加型のワークショップ等を行って調査を進めています。これは、2025年大阪・関西万博のテーマウィークにおける次世代・インクルージョンの八日間にわたるセッションで発表される予定です。
佐竹:私も研究協力者として参画しており、健康とウェルビーイングのテーマについて検討を進めています。私たちは今、若返りすら夢ではなくなった時代を生きている。今後、これまで治療が難しかった疾患を克服しますます長寿化する可能性が高いと言われています。今日お話のあったアバターやエージェントも、物理的な制約を克服する力になってくれるはずです。でも残念ながら、だからといってよいことばかりではないですよね。それぞれの人生が長くなり、社会全体で捉えるとますます多くの価値観が併存することになる。「みんな健康で長生きになったけれど、どうもギスギスしていて皆浮かない顔をしている」とならないためにはどうすればよいのか。システム思考では「メンタルモデル」という言葉を使うのですが、人々がマインドセットをより柔軟にアップデートできるような社会を築いていくことが、今後ますます重要になってくるだろうと考え、今、様々な角度からリサーチと検討を進めているところです。

──そうした未来のウェルビーイングや健康において、xR技術はどのように生きてくると考えますか?
佐久間:「インタラクションの有無」は重要な観点だと思っています。例えば、わたしのバーチャル上の身体であるアバターを一緒に操作してもらい、誰かと会話できて、新しい体験記憶を積み重ねられたら、映像を閲覧する以上のインプットになると思います。ただ、あくまでもバーチャル上のものなので、フィジカルな身体における病気とどこまで紐づいて人に伝えることができるのかは難しい側面もあり、医療という点ではこれからまだ検討の余地があるかなと思います。

──バーチャルな身体を共有するという行為が、フィジカルな身体に対してどのような影響を与え、人々の健康や医療を変える可能性があるのかを引き続き考えてみようと思います。本日はありがとうございました。