長谷川 洋一氏名城大学薬学部 臨床薬学教育・研究推進センター教授


2020年以降の新型コロナウイルス感染症拡大は、我が国のデジタル化の遅れや人材不足、不十分なシステム連携など、さまざまな課題を浮き彫りにしました。それでも、10年、20年前まで人手を介して行っていたことが、今やロボットやアプリ等のICT/IoTで簡単に完了できたり、AI搭載により人の思考プロセスに近い状況を作り出すことができるようになっています。デジタル化はもはや私たちの生活に深く浸透しており、国レベルでデジタル化の推進に力をいれています。

日常生活においては、利便性や効率性が改善され、生活の質が向上することは誰もが歓迎するでしょう。最近では、消費者向けの問い合わせの電話対応でも目的とする内容・項目ごとに振り分け、担当者に確実に届くように自動音声対応が増えています。しかし、こういう時に限って、早く人が電話口に出てくれないかといった思いにかられたりします。

平成27年(2015年)に厚生労働省が策定し、公表した「患者のための薬局ビジョン」では“対物業務から対人業務へ”をスローガンに薬剤師、薬局の人へのかかわりを強調しています。

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厚生労働省「患者のための薬局ビジョン 概要」より抜粋

https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11121000-Iyakushokuhinkyoku-Soumuka/gaiyou_1.pdf

薬局業務で機械化が進むと、薬剤師の仕事がなくなるといった心配をする声を聴くことがあります。でもよく考えてみると、機械化で薬剤師の行き場がなくなるとすれば、それは薬剤師が機械で成し遂げることができる仕事しかしていなかったということになります。

機械は、指示通りに動きますので、設定や指示を間違えない限り人が行うよりミスも少なく正確かつ安全ですが、自己判断能力を持ち合わせていないため、トラブルには弱いという欠点があります。また、機械は人の気持ちを察することや共感することが苦手です。

人は、到底機械に置き換えることができない思考力や感情、ニュアンスといった感覚を持っています。視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚といった五感(能力)を備えているといった方が良いでしょうか。人と人とのかかわりには、そのような感覚とコミュニケーションの中から生まれる信頼感、安心感を獲得できます。ロボットやAI技術は、あくまで作業効率化の手段の一つであり、人の感覚を置き換えることはまだまだ難しく、人ならではの感覚、共感をもっと大切にしなければならないと考えます。