第2回 Evidence-basedな双極性障害治療を実践するために

加藤 正樹先生

出演・監修:加藤 正樹先生
(関西医科大学 精神神経科学教室 准教授)

本シリーズでは、精神科医療で先進的な取り組みを行っている施設の先生に、施設の特徴や治療方針、ラツーダへの期待などをお伺いします。
 今回は、関西医科大学 精神神経科学教室 准教授の加藤 正樹先生に、Evidence-basedな双極性障害治療を実践するためのポイントをご解説いただきます。

Evidence-basedな 双極性障害治療の実践とは

 個々の患者さんに適した治療を考える際、その診断や治療選択は、エビデンスや患者背景、臨床経験に基づくevidence based medicine(EBM)である必要があります。そして、治療選択にエビデンスを用いる際には、そのエビデンスが得られた臨床試験の患者背景と、目の前で苦しむ患者さんの背景が一致しているかの、外的妥当性を考慮することが必要です。エビデンスを実臨床で活用するためには、目の前の患者さんの症状の重症度や継続期間、薬物治療の開始時期や効果あるいは副作用の発現程度といったさまざまな情報を把握して、事前に準備することが重要です。
 私は、患者さんの情報を把握するために、診察の待ち時間を利用して、患者さん自身に簡易版抑うつ症状尺度(Quick Inventory of Depressive Symptomatology-Self Report:QIDS-SR)やAltmanの躁症状評価尺度などの自記式評価尺度を用いた自己評価を実施していただいています。患者さんの主観的な評価ですので、高くつける傾向の人や低くつける傾向の人がいますが、症状の把握だけでなく、その患者さんの評価パターンや経時的に見ることで症状の変化を知ることができるという利点もあります。

加藤 正樹先生

 双極性障害の診断においては、躁症状の見落としや、同じく「抑うつ症状」を呈するうつ病との鑑別の難しさがよく知られています。また、それに起因する抗うつ薬の不適切使用や適切な治療導入の遅れが問題となることがあります。さらに、そもそも気分障害ではなく、身体疾患や発達障害を原因とする抑うつ症状である可能性もあるのです。こうした他疾患との鑑別のために、併存疾患についても把握するよう意識しています。患者さんに睡眠覚醒リズム表をつけていただくことで、睡眠や生活のリズムを評価することもあります。一言で睡眠障害といっても、様々なパターンがあることが良く分かります。

双極性障害治療の課題

 これまで、国内では、双極性障害における抑うつ症状の改善に適応をもつ治療選択肢は2剤のみと限られたものでした。そのため、実臨床では、適応のない薬剤が使用され、十分な抑うつ症状の改善がみられないといった課題がありました。
 また、多元受容体作用抗精神病薬(MARTA)では、体重増加や血糖・脂質代謝異常といった副作用が懸念されます。こうした副作用は、治療期間が長期におよぶ双極性障害治療では、大きな注意が必要です。実際に、うつ状態の双極性障害患者さんを対象としたアンケートでは、治療中断につながる副作用として体重増加が最も多く挙がりました1)
 精神疾患では、患者さん自身が回復しようとする力(レジリエンス)を妨げないような治療選択肢が望ましいと考えられています。したがって、効果だけでなく安全性も重視し、長期にわたり患者さんを支えられる治療選択肢が必要だと思います。また、患者さんにお薬の特徴を説明し、意見を聞きながら決めていくことも大切です。

1)Rosenblat JD. et al.:J Affect Disord., 15:116, 2019

ラツーダの位置付け

 私自身は、ラツーダは双極性障害における抑うつ症状を呈するすべての患者さんに対して、第1選択薬のひとつに位置付けられるのではないかと思います。
 ラツーダは、従来の薬剤と受容体親和性が異なることが特徴で、副作用を少なくすべく開発されたセロトニン・ドパミン拮抗薬(SDA)だと考えています。
 双極Ⅰ型障害の大うつ病エピソード患者を対象とした国際共同第3相試験(ELEVATE試験)では、体重や血糖、脂質に関する臨床検査値について、気になる変化はみられませんでした。さらに、ELEVATE試験における有効性の評価では、主要評価項目である6週時のMADRS合計スコアのベースラインからの変化量について、エフェクトサイズが0.328と0.3を超えていたことも評価できます。
 最近改訂された『日本うつ病学会治療ガイドラインⅠ.双極性障害 2020』でも抑うつエピソードに推奨される治療のひとつとして、単剤および気分安定薬との併用で推奨されています。これらのことから、双極性障害における抑うつ症状に対して第一選択薬として広く使われる薬剤になると考えています。

加藤 正樹先生

実臨床におけるラツーダの使い方

加藤 正樹先生

 まず、未治療の双極性障害患者さんの抑うつ症状に対する単剤治療では、ラツーダを第1選択として考慮します。さらに、気分安定薬(リチウム、バルプロ酸)で効果不十分な患者さんへの上乗せに関するエビデンスもあり2)、リチウムなどの気分安定薬で効果不十分な場合にアドオンする薬剤としてもラツーダの処方を検討します。
 私が普段診療している患者さんは、大学病院という特性上、治りづらく、他院から紹介されてくる方もいます。そういった患者さんに対しては、前薬に上乗せするか、場合によっては切り替えでラツーダを処方しています。また、ラツーダのELEVATE試験は双極Ⅰ型障害を対象とした試験でしたが、私は双極Ⅱ型障害患者さんに関しても使用経験があり、有用性があるのではないかと考えています。
 ラツーダ自体鎮静作用が少ないため、不眠が強い患者さんにはクエチアピンXRの眠前投与がいいかもしれません。

2)Loebel A. et al.:Am J Psychiatry., 171:169, 2014

ラツーダへの期待

 ラツーダは、これまで治療選択肢の少なかった双極性障害における抑うつ症状の改善に対し、新たな選択肢として登場しました。今後、国内における使用経験が増えていく中で、日本人患者さんの背景や症状に応じた使い方や投与量など、新たな知見が蓄積されていくことを期待しています。また、双極性障害の認知機能障害への影響に関してもデータが待たれるところです。
 また、こうした知見の蓄積により、ラツーダが適した患者さんに適した方法で使用され、より一層双極性障害の治療に貢献してくれるものと期待しています。

加藤 正樹先生

ELEVATE試験

試験概要

 本試験の対象は、双極Ⅰ型障害患者(大うつ病エピソード)525例です。対象をプラセボ群、ラツーダ20-60mg群、ラツーダ80-120mg群に無作為に分け、治験薬を1日1回夕食後に6週間経口投与しました。
 有効性の主たる解析はITT集団を対象として実施しました。有効性の主要評価項目は治療群、評価時期、実施医療機関、MADRS合計スコアのベースライン値、および治療群と評価時期の交互作用を含むMMRM法を用いて解析し、検定の多重性はHochberg法で調整しました。
 安全性の解析は安全性解析対象集団を対象として実施しました。

*ラツーダ80-120mgは承認外用量です。

有効性

 主要評価項目である6週時のMADRS合計スコアのベースラインからの変化量は、プラセボ群−10.6、ラツーダ20-60mg群−13.6、投与群間の差−2.9と、ラツーダ20-60mgはプラセボに比べてMADRS合計スコアを有意に低下させ、プラセボに対する優越性が検証されました。
 また、副次評価項目であるベースラインからの変化量は、ラツーダ20-60mg群では投与開始2週目よりプラセボと比べ有意な改善が認められました。

 MADRS項目別スコアのベースラインからの変化量をお示しします。抑うつ症状の中核症状である「外見に表出される悲しみ」や「言葉で表現された悲しみ」など、各項目のスコア変化量はこちらに示すとおりです。

安全性

 副作用発現率は、プラセボ群55例(32.0%)、ラツーダ20-60mg群71例(38.6%)、ラツーダ80-120mg群87例(51.5%)でした。
 発現頻度5%以上の副作用は、プラセボ群ではアカシジア11例(6.4%)、悪心8例(4.7%)、ラツーダ20-60mg群ではそれぞれ24例(13.0%)、12例(6.5%)、ラツーダ80-120mg群ではそれぞれ38例(22.5%)、18例(10.7%)などでした。
 重篤な副作用は、プラセボ群1例1件[躁病1件]、ラツーダ20-60mg群0例、ラツーダ80-120mg群2例2件[自殺企図、パニック発作各1件]に認められました。
 投与中止に至った有害事象は、プラセボ群7例[好中球減少症、急性心筋梗塞、胃炎、悪心、嘔吐、疾患進行、アカシジア各1例]、ラツーダ20-60mg群6例[嘔吐、機能性胃腸障害、肝障害、アカシジア、躁病、自殺念慮各1例]、ラツーダ80-120mg群16例[悪心4例、疾患進行、アカシジア各3例、嘔吐、腱断裂、筋骨格硬直、ジストニア、不眠症、呼吸困難各1例]に認められました。
 試験期間中、いずれの群においても死亡は報告されませんでした。

 本試験では臨床検査値への影響も検討されています。6週時の体重のベースラインからの変化量は、プラセボ群−0.22kg、ラツーダ20-60mg群0.23kg、ラツーダ80-120mg群0.22kgでした。血糖に関しては、HbA1cが、プラセボ群−0.01%、ラツーダ20-60mg群0.02%、ラツーダ80-120mg群0.02%でした。

ラツーダ錠20mg/錠40mg/錠60mg/錠80mgの製品基本情報(適正使用情報など)

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