なぜ、ヘルスケアエクスペリエンスに取り組むのか

なぜ、海外の先進的な医療機関は患者さんの経験価値の向上に取り組んでいるのでしょうか。特に米国など、保険制度の違いから患者さんの自己負担が大きいため、患者さんの病院に対する見方がシビアで、患者満足度の低下が来院率の低下に直結するという背景はありますが、ここでは少し踏み込んで、サービス・プロフィット・チェーンというモデルを通して考えてみましょう。
サービス・プロフィット・チェーンとは、1994年にヘスケット(J.S.Heskett)とサッサー(W.E.Sasser,Jr.)らによって示された、従業員満足・顧客満足・業績の因果関係を表したモデルです。【図:1】

【図:1】サービス・プロフィットチェーン

説明図版

【図:2-a】病院等におけるサービス・プロフィットチェーン

上の、【図:2-a】は、病院のサービス・プロフィット・チェーンです。職員満足と患者さん満足と病医院収益がどのような関係で成り立っているかを示しています。

    <図中の番号の補足>

    1→2. 職員に対するサービス品質が職員満足を高める

    2→3. 高い職員満足が、高い職員ロイヤルティをもたらす

    3→4. 高い職員ロイヤルティが、職員の生産性を高める

    4→5. 高い職員の生産性が、患者さんサービスを向上させる

    5→6. 高い患者さんサービスが、患者さん満足を高める

    6→7. 高い患者満足が、高い患者ロイヤルティをもたらす

    7→8. 高い患者ロイヤルティが、病医院の収益性と成長性を向上させる

患者さん満足は職員満足を通じて達成されるというのが、このモデルのポイントです。職員満足を高めるには、職員に対するサービス品質を向上する必要があります。職場環境の改善や給与等の処遇の改善といった対策が考えられますが、それだけでは逆に病医院の収益性が下がり、プロセスの悪循環を招いてしまうかもしれません。では、どのようにすればプロセスを好循環させることができるのでしょうか。

【図:2-b】病院等におけるサービス・プロフィットチェーン

説明画像

上の、【図:2-b】の6→2の関係に注目してください。職場環境や給与といった職員に対するサービス品質だけではなく、患者さん満足を通じて仕事のやりがいを実感することで、職員満足が高まります。患者さんは単に治療を受けるだけの存在ではなく、職員満足を高める役割を担っているのです。この関係を使って患者さん満足を収益と成長につなげていくのが、患者さんの経験価値向上の取り組みです。海外の先進的な医療機関では、患者さんの経験価値向上の取り組みを、患者さん満足と職員満足を同時に高めることでサービス・プロフィット・チェーンを好循環させるエンジンとして機能させているのです。

では具体的に、患者さんの経験価値向上の取り組みのメリットについて考えてみましょう。まず、取り組みを推進することで職員の仕事のやりがいが高まると、職員の定着率が向上し、職員の採用コストや教育コストを削減することができます。職員が大きな目標を共有することで、職員間の連携がより円滑になり、医療の質や業務効率が向上します。患者さんへの共感力を高めることが、医療の質の向上につながることもあります。例えば、会ったこともない患者さんの写真を放射線科の専門医に見せただけで患者さんへの共感力が高まり、診断精度が46%向上した、という報告があります。*

*出典:アダムス M:心理学的実験で実証される;お客様の言葉が社員を顧客志向に変える.Diamond Harvard Business Review,Oct:53-63,2011.

患者さんの経験価値向上の取り組みは、患者さんへのアウトカムの向上にも寄与します。患者さんロイヤルティが高まると医療に対する理解や信頼が深まり、患者さんのアドヘアランス向上につながります。コミュニケーションや環境など、医療周辺での優れた体験は患者さんに心理的な安定をもたらし、治療効果の向上が期待できます。

患者さんの経験価値向上の取り組みは、病医院の経営にもメリットがあります。患者さんに優れた体験を提供し、患者さんロイヤルティが高まることで、受診中断や他の医療機関への転院が減少し、経営が安定化します。さらに、高い患者さんロイヤルティは、家族や知人への病医院の紹介や口コミを通じて、新規の患者さんの獲得につながります。

取り組みが広がっていけば、医療行政にもメリットがあります。患者さんロイヤルティが高まると、重複受診者や転院、それに伴う重複検査や診察が減少し、医療費の削減や適正化につながります。

従来、患者さん満足の向上は、病医院のコストアップをもたらすと考えられがちでした。しかし、患者さんの経験価値向上の取り組みは、患者さん満足の向上と病医院の収益性や成長性の向上の両方を可能にします。そのためには、患者さんを治療を受けるだけの受け身の存在ではなく、価値づくりのパートナーとして捉え直すことが必要になります。

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