第16回 都市型診療所として、クライアントが社会の中で自立した生活ができるよう全力でサポート ―医療法人ディープインテンション 日吉心療所―

熊田貴之先生(医療法人ディープインテンション 日吉病院理事長)


出演・監修

熊田 貴之先生(医療法人ディープインテンション 日吉心療所理事長)

 本シリーズでは精神科医療で先進的な取り組みを行っている施設の先生に、施設の特徴や治療方針、ロナセンテープ、ラツーダへの期待などをお伺いしています。
 今回は、閑静な住宅地の中に立地する都市型の診療所である医療法人ディープインテンション 日吉心療所の熊田貴之理事長に、診療所の概要と地域での役割、診療の特徴・工夫ならびに今後の展開についてお伺いしました。

日吉心療所について
住宅地の中にある精神科診療所

 当院は、神奈川県横浜市の日吉駅(東急東横線・目黒線・横浜市営地下鉄)から徒歩7分程の閑静な住宅地に位置しており、明るい都市型診療所として地域のニーズに対応した包括的医療を目的とし、良質な心温かい安らぎの医療を目指しています。
 1955年に私の祖父が前身の日吉診療所を開設し、1958年に発展解消して日本で最初の男女混合全開放の精神科単科病院としてスタートしました。開設当初は日吉の街も今ほど大きくはなく、病院も住宅地の外側に位置していたのですが、次第に人口が増えていき、いつしかこの辺りも住宅地の真ん中になりました。
 ちなみに祖父が精神分析を専門としていたこともあり、私も薬物療法だけでなく、精神療法も重要視しています。

医療法人ディープインテンション 日吉病院

入院病棟の廃止

 住宅地の真ん中に位置する病院でしたから、社会との関わりを大切にしています。クライアント(患者)を収容して社会から隔絶させるのではなく、社会にどんどん送り出すことが、都市型病院の役割だと思っています。そこで、私が3代目院長に就任した2013年当時は病床が110床あったのですが、段階的にダウンサイジングして54床まで減らし、地域移行強化病棟にしました。そして本年3月末には、経営的な目途もたったので入院病棟を廃止することにしています。そのために当院では、これまで訪問看護やデイケアを積極的に行い、クライアントが社会の中で生きるスキルを培ってもらうことに注力してきました。もちろん、この方針は今後も変わりません。
 現在の病棟の場所には、リカバリービレッジを作る予定です。シェアハウスのような形にしてクライアントが住みながら生きる術を学べる場にしたり、昼はカフェ、夜はバーといった店を作り、病院スタッフ、クライアント、地域住民が飲みながら交流できる場にしたりする計画です。立場を超えて、誰もが胸襟を開いて交流できる場を作りたいのです。

病棟廃止の背景にある思い

 日本の体質なのか、日本の精神科医療の体質なのかわかりませんが、私は過保護の傾向があると思っています。過保護な医療者側と、この過保護さに甘んじてしまうクライアントの群がいるために、求められる平均水準が上がっていかない。そのため、地域移行はできるものの自立した生活が送られない人たちが生まれがちになると以前から思っていました。そのような体質を、少なくとも当院では変えて行こうとこれまでやってきました。
 当院のスタッフは、自分でしっかり生きて行こうとしない人には厳しいです。逆に、自分で障害を克服しようとしている人には優しく、全力でサポートします。確かに、人間は誰しも退行欲求があり、特に弱みを持っている人は保護を求める傾向が強くなります。しかし、そのような人に医療者側が過保護に接すると、能力を伸ばせる人も伸ばせなくなってしまいます。「可愛い子には旅をさせよ」というように、愛情を持っているからこそ厳しく接することも必要です。

熊田 貴之先生

 障害を持っている人が社会の中で当たり前のように暮らしていくこと、それがノーマライゼーションです。障害は克服するものであって、生き方を変えさせられるものではありません。当院が目指しているのは、Well-beingです。健やかに生きながら幸福を追求していくことで、クライアントがそれを得られるようにしていくことが治療の指標です。病気の症状を改善することは、Well-beingを追求するための方法論であって、目的ではありません。目的は、クライアントが社会の中で健やかにバランスを整えながら幸福を追求できる状態にすることです。
 私は「患者」という言葉が嫌いなので使わないようにしています。「患者」とは、障害とその人が合わさった言い方ですが、障害とその人は本来区分されるべきものです。我々はその人(=クライアント)に寄り添いながら、障害を乗り越えてWell-beingを目指すという概念で医療を行っています。
 病棟があると、医療者側に甘えが生じることもあります。本来は外来でできるものを、とりあえず入院してもらえば良いという医療者側の甘えが多くのクライアントのレベルを下げている可能性があります。病棟廃止は、我々も背水の陣を敷いているのです。
日本では、医療従事者とクライアントの家族の不安が大きすぎることが、長期予後に影響を及ぼし地域移行を妨げている要因だと思います。本来はトライ&エラーが必要なのに、エラーを恐れるあまりにトライもしないケースが多過ぎます。

日吉心療所の特色

 クライアントが地域の中で生きていく上で、日常生活をサポートするという目的で、当院では訪問看護を発展させてきました。看護師、精神保健福祉士(PSW)、作業療法士が定期的にクライアント宅を訪問し、相談にのり、必要な援助を行っています。第一段階は、クライアントが安心して地域に住んでいられるようにすることで、炊事や洗濯といった日常生活行動をサポートします。それができるようになったら第二段階として、社会生活トレーニングで疲れたクライアントが自宅でリラックスできるようにサポートします。ライフ・ワーク・バランスが大切であり、人は常に幸福を追求するものなので例えば趣味活動などをサポートします。
 外来のデイケアでは毎日SST(Social Skills Training)と認知行動療法を複数種類行っています。当院では「機能リハビリ」と呼んでいますが、障害がある人向けのプログラムだけでなく、社会人の誰がやっても意味があるようなものを多数準備して、その人に合ったトレーニングを実施しています。
 そのほか当院の特色としては、バイオセラピーセンターがあります。薬剤部と栄養科が融合したセンターで、科学的根拠に基づく治療をテーマに、薬食同源によってクライアントをサポートしています。薬物療法は生物学的な歪みを是正するものですが、食事だけで必要な物質が生成できる人には薬の投与は必要ありません。薬物の乱用にならないよう、常に薬剤師と栄養士が相談し合って、クライアントの服薬相談や栄養相談に応じています。
 これら施策を通底しているのは、チーム医療です。医療においては、多くの場合医師を頂点に他のスタッフがその手伝いをするという形になりがちですが、当院はヒエラルキーのないチーム医療を目指してきました。クライアント全員に担当のPSWを付けており、医師の治療方針にも普通に意見を言います。カンファレンスの場では医師、看護師、薬剤師、臨床心理士、PSW、作業療法士、管理栄養士等が活発に議論し、院長であっても批判にさらされることがあります。だからこそ誰も油断できないし、常に勉強をしなければなりません。

新型コロナウイルスへの対応

 新型コロナウイルスに対しては、私は予断を持たずに正しく恐れながら正しく対処することが大事だと思っていました。過度に恐れる必要はないと思い、緊急事態宣言が発動中を除いては当院では面会制限は行わず、デイケアも稼働していました。ただし、一方では病院スタッフ、クライアントや家族にウイルス学の解説やスタンダード・プリコーション(標準予防策)の説明をするなどして、正しい恐れと正しい対処を共有するよう努めました。

ロナセンテープ、ラツーダについて

ロナセンテープ

 内服薬とテープ剤は、使用するクライアントの心理が大きく異なります。内服は体の内部に取り入れるものなので侵襲的です。テープは体の表面に貼るものなので保護的です。人は侵襲を受けること、薬に対して体内への侵入を許すには理由が必要で、病識があって薬の意義を理解していることが前提となります。一方、病識がない、しかし辛さは感じるといった人の場合は、無理に侵襲的な方法を採ったらトラウマになってしまいます。その点、貼るという行為は保護的なので受け入れられやすいし、貼ることによって辛さが軽減されれば、次からは自ら求めるようになります。精神科医はこの違いを理解し、クライアントの主観をイメージして治療しなければいけません。内服薬の意義を理解できる人には、内服薬は種類も多く、有用です。一方、内服を恐れるクライアントもおり、その場合はテープという剤型は非常に優れています。薬の意義をわかっている人でも、どちらが良いかを尋ねたらテープを選んだ人がいました。

ラツーダ

 ラツーダはドーパミンの遮断性とセロトニン1A 受容体アゴニストのバランスが良いと感じています。我々のようなリハビリをする側は、クライアントが社会に出る不安・恐怖をどうやって乗り越えて行くかを考えます。そのためのスキルを高めることが重要で、ラツーダのような恐怖の軽減が期待できる薬は重要です。恐怖は幻覚・妄想にも間接的に関与しており、不安の軽減はその緩和にもつながります。クライアントの症状は心理学的な複雑要因によって形成されるものなので、丁寧に診療し、全体のバランスを考慮しながら薬を選択することが大事です。

ラツーダ錠20mg/錠40mg/錠60mg/錠80mgの製品基本情報(適正使用情報など)

ロナセンテープ20mg/テープ30mg/テープ40mgの製品基本情報(適正使用情報など)

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