第17回 精神科における先進的取り組み ―医療法人杏和会 阪南病院―

医療法人杏和会 阪南病院


出演・監修

黒田 健治先生(阪南病院 院長)
土井 拓先生(阪南病院 副院長)
松島 章晃先生(阪南病院 副院長)
前田 朋子先生(阪南病院 薬剤部・課長)

 本シリーズでは精神科医療で先進的な取り組みを行っている施設の先生に、施設の特徴や治療方針、ラツーダ、ロナセンテープへの期待などをお伺いします。
今回は、我が国でも屈指の精神科専門の総合病院である医療法人杏和会 阪南病院の黒田健治院長、土井拓副院長、松島章晃副院長、ならびに前田朋子薬剤部・課長に阪南病院の概要と地域での役割、診療の特徴・工夫ならびにコロナ禍で問題なく医療を進めるための苦労等をお伺いしました。

院長挨拶・阪南病院について

阪南病院の現況と地域社会との繋がり - 黒田院長

 2021年に開設65周年を迎えた当院は、「精神科医療を通じて地域社会に貢献を」を目標に掲げ、大阪府の救急告示病院として、24時間365日、精神科救急を受け入れています。また堺市の緊急措置入院、及び応急入院指定病院として、地域の要請に応じるだけでなく、子ども家庭センター、教育委員会、一般科医療機関へ医師を派遣して、地域住民のこころの相談、ケアに積極的に参画することで、地域社会とのこころのネットワークを構築し、ホスピタリティに基づく質の高い医療サービスを提供しています。当院は、府内最大の認可病床数690床、年間入院数2466名(令和元年)を718名(令和2年)の職員で支えており、これら職員の専門性を高めるための教育にも数多くの投資をしています。
 他にも、障害を持った患者様に活力ある生活を送っていただくお手伝いを目的とした地域生活支援活動、前途洋々な医療実習生たちに実習の機会を提供する実習受入病院、新医師臨床研修制度における協力病院認定、新専門医制度では基幹型病院として後進の指導育成に力を入れています。そして寄付等の社会貢献活動を実施しています。

阪南病院の特長 ‐ 黒田院長

 当院は1997年に関西初の短期滞在型メンタルケア病棟を開設、2007年に迅速かつ濃密で良質な治療と看護を提供する目的で精神科救急入院(スーパー救急)病棟を開設、2011年には児童精神科病棟を開設など、常にその時代のニーズを掴み、考え、最新の医療を実践してきました。
 例を挙げると、日本睡眠学会専門医による睡眠外来、日本児童青年精神医学会認定医を中心とした児童精神科外来、他にも女性外来、往診相談外来、口腔心身症外来、禁煙外来、リワーク外来など、いずれも時代のニーズに即して実践してきました。

 これは当院が、現代社会の休息の場になるべく、常に「こころの医療」、「やすらぎの治療環境」について、真剣に取り組んできた結果、時代と相同してきたと考えています。
 病院は治療の場でありながら、生活の場、癒しの場でもあります。当院は、これからもこころの病に悩んでいる患者様や、そのご家族の「こころ」に寄り添った優しい医療を提供するべく最新の精神科医療を推進していきたいと考えています。

医療法人杏和会 阪南病院

阪南病院の医師・薬剤師に聞く精神医療

「断らない医療」- 土井副院長・松島副院長

 昔の精神科医療では、なかなか医療にアクセスができないという事がありました。そこで、社会的に困っている患者様の状況を何とかしたいという気持ちから、現院長が「断らない医療」を目標に精神科救急を始めました。

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 基本は断らずに受け入れて、入院となった場合は3ヵ月以内にできるだけ自宅に帰っていただくように多職種で努力をするという事に尽きると思います。入院の時からある程度見通しを立てて、多職種で行動します。特に治療・回復に難渋し、サービス付き高齢者向け住宅やグループホームへの紹介や退院が難しい人は、早めにケースワーカーに動いてもらいます。スタッフは皆さん良く勉強されており、以心伝心で、しっかりと進めてくれるので感謝しています。
 そうした中で、当院ではいろいろな専門分野を広げてきました。児童・思春期などお子さんの心の悩みに対する医療は必要性が高いですが、日本全国で児童の精神科臨床というのは不足しており、社会的な要請が大きいという判断で児童精神科を始めました。最初は外来から始め、さらに児童・思春期の子供の心を支える医療が必要であろうと児童病棟も作りました。一方では、高齢社会ということがあり、認知症疾患センターや認知症病棟も作って拡大してきました。その他の特徴として、電気けいれん療法や、クロザピンの投与、磁気刺激も行っています。診断の面では光トポグラフィーもあるので、大体の治療や検査において、自院で一通りのことができると考えています。中核の役割の一つとして、司法精神医学に関係した精神鑑定も行っています。今日も医療監察の人に入院してもらいました。

 結局、当初は救急として「断らない医療」ということから始めましたが、その過程で学んだことを基に、現在では子どもからお年寄りまで幅広く診ることができる、いわゆる精神科の総合病院というビジョンに移ってきたと感じています。

精神科総合病院としての災害医療と地域支援 - 松島副院長

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 精神科でも災害拠点病院を国が中心となって設立するということが求められており、大阪では現在当院を含めて3つの病院が災害拠点精神科病院となっております。
 今では平時、災害時に限らず、出来る限りの地域の支援を少しずつさせていただいているという状況です。そういう意味で、「断らない医療」から、「多くのニーズを支える精神科の専門病院」という形で中核の一端を担っているかと思います。「民間病院ならではの柔軟性」や、「民間病院だからこそ出来る事」もあるので、我々も日々努めております。

コロナ禍での苦労

コロナ禍での他病院や行政との連携 - 土井副院長・前田薬剤部・課長

 コロナ感染症の患者様に関しては、大阪府が中心となって受け入れ態勢を整えているので、それに従い運用している次第です。しかし、コロナ患者様の受け入れについては、精神保健福祉法が少し障害となりました。
 同意能力がない認知症や知的障害の方がコロナ感染したら、症状は悪化の一途であり、他の人に感染させる可能性があるので、医療保護で当院のコロナ専門病棟で入院させました。しかし、精神医療審査会からは、精神保健福祉法に基づき精神科に入院させるだけの症状がなければ難しいという指示があり、その点に少し苦労しました。
 また、当院では入院が決まるとすぐに受け入れるということになりますが、不備がないように薬の緊急手配をすることは難しいです。この点で当局や関係機関と交渉を重ねることもありました。患者様を悪化させないよう時間との勝負でもありました。

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コロナ禍の病院~診療におけるCOIVD-19の影響 - 土井副院長・松島副院長

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 感染予防は全て患者様のためですが、精神科医療の観点でいうと、いかに信頼関係を築いていくのかが大事なので、障壁になってしまうことがありました。外来の透明のカーテン越しの診察や入院前検査が多くなり、即座に入院可能判断が下せないなどプロセスが変わりました。患者様が入院したとしても、精神疾患、心の悩みとして触れ合うというよりも、まずは感染リスク管理がどうしても先行して中心になります。コロナが発生した当初、院内でコロナを疑い、診察を含めて対応する際の、フェイスガード等のものものしい格好での問診は患者医師双方にとって初めての経験だったと思います。経験したことのない窮屈感でした。その中で、どのようにすればこの窮屈な世界で治療的な空間を作り出せるか、試行錯誤しながらこれまでやってきました。有熱トリアージ、トリアージを厳密に行うなど、色々取り組みを見直しながら体制を常に改善してきました。今では資源も少しずつ増えてきて、抗原検査が院内でできるようになりました。例えば興奮が強いものの発熱などの症状がありコロナ感染を疑うケースは、一旦保護室で抗原検査をすることで、随分受け入れの幅が広がったと思います。このような経験を重ね、私たちが対応に自信を持てるようになってきたことが治療的空間を作るのに役立っている気がします。

パニックなくコロナ禍でも上手く病院を利用する患者様 - 前田薬剤部・課長

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 これまでの関係づくりを意識していた背景もあり、患者様は病院の状況をよく理解していただいています。同時に、私たち医療者も患者様のことを家庭や社会での状況も含め理解するように努めています。事前にサインをお知らせしておくことで、悪化の予兆に患者様ご自身で気づいていただけるような取り組みもしていますので、患者様の中には、状態が悪くなったらストレス病棟へ短期入院して帰っていくというような上手い活用をしている方も多くいらっしゃいます。このような関係づくりが出来た患者様は、今後の診療や新型コロナ感染への不安などに対しても電話での説明で安心していただけた様子でした。

治療効果向上のためのアプローチ

患者様の挫折と向き合うのが医師 - 松島副院長

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 患者様に接するにあたり大切だと考えていることは、患者様は全て病気ではないということです。病を持った人…その人すべてが病気ではなく、ほんの一部が病気なだけであり健康な部分も沢山あります。しかし、昔と比べ精神疾患について理解が深まった現在でも、患者様にとっては病気になってしまったという挫折感があり、“自分は疎外されてしまった人間なのだ”、“あと1回病気になってしまったらもう元に戻れない”、“周りに取り残されていく”などの自己否定や自信喪失があります。このような患者様の自信を失わせてしまう一要因は、医療側にもあるかもしれないと思うことがあります。今の医療のプロセスでは、患者様とお会いし、診断、治療をしていきます。「あなたはこういう病気です」と診断すると「あなたはこういうことが出来ない人ですよ」ということをオフィシャルに告知してしまうことになります。まさに患者様自身に対して公式にショックを与える形です。その後、「このようにしましょう」と話をしても、医師が患者様の自信を失わせていますので、医師が求めている治療の流れに患者様が乗ってこないのは当然かと最近思います。「エビデンスがあります」、「これに効果があります」と説明すればするほど、無意識のうちに押しつけがちになってしまっているかもしれません。病気として患者様を診れば診るほど治りにくくなるのかなと悩むことも多々あります。

ここまで生きてきた強みに着目、患者様の人生を聞く - 松島副院長

 患者様は、様々な苦労をした中でここまでたどり着いていると思います。私たちが過去の病歴や経過を聞くときに大切にしていることは、患者様を少しでも理解するために、ここまでたどり着いたご苦労を伺わせていただくというスタンスです。それは、病気のヒストリーではなく、ここまで生き抜いてこられた患者様の強みだと思います。その強みを理解するために、“どういう生き方をしてここまで来たか”、“どういう挫折があり、それとどういうふうに付き合ってきたのか”などを心情も含めて聞くことを通して初めて本人を理解できます。また、本人の病気という、弱さの中の強さにも気付くことができます。それを通してご自身が、“自分はこうやって何とかやってきたのだ“という強みに気付いて自信を取り戻していただき、また、家族も患者様のそのような部分を初めて発見するということが出会いであり信頼関係だと思います。信頼関係が生まれるからこそ、どれだけ説明されても初めてのことでよく分からなかった治療や薬でも、チャレンジしてみようという思いにつながると思います。

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 人を、人として理解するところから信頼関係が生まれ、その信頼関係があるからこそ、何かそこに求めるものが生まれてくる。その結果としてのお薬であり、診断であり、本当の意味のアドヒアランスがそこから生まれてくると思っています。一旦、治療的意識を外して、人として出会い、その人がどういう人なのかを理解することだけでも変わるかもしれないと思います。その上で必要なことを一緒に考える。これが本当のSDM(shared decision making)だと思います。SDMは結果であり、日本の和のイメージでお互いに和して出会いがあり、初めて治療というものは生まれます。そこの根本に立ち返るというのが精神科医療ではないかと最近感じているところです。

必要なのは患者様から認知してもらうこと - 前田薬剤部・課長

 患者様は医療スタッフに対する猜疑心があるので、お薬の話や病気の話をする際、まずは患者様に認知してもうことが必要だと思います。患者様の心理として、“ドクターにはちょっと良く思ってもらいたい”と考えている節があります。薬剤師から良くない何かが起こっている患者様に「先生(医師)には伝えましたか?」と尋ねても「先生に言いたくない」と患者様が答えることがあります。何か言ったら“薬が増えるのではないか?”、“退院が延びるのではないか?”という気持ちが患者様にはあるようです。ドクターは絶対に患者様と会う一方、薬剤師はともすれば調剤室でお薬をつくって終わり、という病院がまだたくさんあると思います。積極的に病棟に行き、ドクターとは違う雰囲気の下で薬剤師が説明をすることで、患者様に確実に認知され、信頼関係が生まれます。認知された上で、この医療関係者なら大丈夫だと患者様から印象を持たれなければ、薬の説明には繋がりません。

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アドヒアランスと患者様の人生 - 前田薬剤部・課長

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 患者様それぞれに人生でしたい事があり、退院することが目的ではないと思います。そこで、患者様が退院し、人生の目的やしたい事ができる生活を送るのに必要不可欠な薬はどうあるか、ということをいつも考えています。入院中は看護スタッフという強力な味方がいるので、基本コンプライアンスの心配はないです。私たちがいちばん心配するのは、退院後のアドヒアランスです。入院期間は短く、早い人は60日くらいしか入院期間がありません。退院後のアドヒアランスがなければ患者様は治療を続けることができないので、入院中に服薬の必要性を解っていただくことが重要だと思います。薬剤師も積極的に病棟に行き、患者様に寄り添って、患者様の様子を見ながら月に1,000件以上は服薬指導を行っています。
 日常を邪魔しない副作用であれば続けて飲める。そのような薬の処方~服薬状態にはしたいと思っています。「入院してよかったですか?」と伺い「よかった」と言われたときはホッとします。


 当病院は患者様とスタッフとの疎通が良いのが幸いです。チーム医療で様々なスタッフが様々な話題で患者様と接し、情報を得ることでより良い治療提供ができると思っています。
 また、専門性の違う医療スタッフ同士が各自の専門領域の知識を交換することで、自然と勉強することもできます。学会や勉強会に行くことも大事ですが、院内でも勉強できることがたくさんあると思います。日々の日常で様々な話、様々な情報に関わることが、専門性を高める上で一番大事なことかもしれません。

ラツーダ、ロナセンテープについて

統合失調症治療へのお考えとラツーダについて

土井副院長

 最終的には薬を飲み続けてもらわなければ意味がないので、完全な効果というよりも飲み続けてもらえるというところを重視します。急いで症状を消失させようとして、量がすごく増えたりすると、結局飲み続けられないことも多いので、できるだけ錠数を少なくし、かつ副作用も少なくなるよう工夫しています。症状が完璧にとれることが一番ですが、まずは社会生活を送れるレベルを目指しています。
 初発の方は、少し量が増えても症状を取るようにはしたいのですが、再発の方で特に以前のお薬をやめた経緯があるような方に対しては、社会生活と副作用、飲み続けられる量などを総合的に判断しながら治療に当たっています。
 救急で来られたような方に関しては、最初は鎮静が必要な方もいらっしゃるかと思いますが、拒まれるまでは、なるべく非鎮静系で粘ることもあります。使用薬剤によっては鎮静がかかりすぎることで、退院が難しい患者様もいるので、鎮静のかかりすぎには注意を払っています。
 ある程度関係構築された患者様には、非鎮静系の薬剤であるラツーダは使いやすいです。40㎎から開始し、必要に応じて80㎎まで増量できることにも意義があると感じています。
 ラツーダは統合失調症に対するSDAという分類の薬剤であり、現状の統合失調症治療がうまくいっていない方をラツーダに切り替える価値はあると感じています。

松島副院長

 統合失調症に対する薬物療法というのは、中核的な役割だと思います。過去から比べると副作用が少ないお薬が増え、非定型抗精神病薬の単剤療法を中心にというガイドラインも出てくる中で、非常に患者様にとって害の少ない、do no harmといった、急性期の治療を行いやすい環境になってきたと思っております。ラツーダは、双極性障害のうつ病相の方に使わせていただいています。気分安定薬で副作用が出る方、症状を繰り返す方には大変使いやすいと思っています。また、気分安定薬は妊娠した際には変更しなければならないので、妊娠を考えていらっしゃる方には、最初からラツーダなどの非定型抗精神病薬を使う方が長期的にも良いと思っています。

前田薬剤部・課長

 急性期で保護室を使うような状態で患者様が入ってきたときの治療薬と、保護室を出た時の治療薬を何とか変えられないかといつも思います。保護室に入っている時は鎮静の強い薬を使うことは仕方がないと思いますが、そのまま使い続けると鎮静の必要がない時に鎮静が入るので、服薬が続かずやめてしまうということがあります。急性期と寛解期とで上手に使い分けるということが必要だと思います。
 長期に使う薬としてラツーダはとても良い薬だと思います。特に統合失調症の中でも、気分の変動があり急にハイになったり、泣いたり喚いたりという問題行動が起こりやすい患者様にラツーダは向いているという印象があります。

ロナセンテープについて

土井副院長

 ロナセンテープは急性期で経口剤を飲むことが難しい方、これまで筋注を使用していた方にまずは貼ってみるようトライします。筋注をせざるを得ない状態の前段階で貼ることもあり患者様にも提案しやすいと思います。暴れている方に針を刺すことは容易ではなく針刺し事故に繋がるリスクもあるのでロナセンテープが役立てられます。
 そして、適切なテープ貼付を継続し症状に改善が認められ会話ができるようになった時点で、ラツーダなどを含む経口剤の服用に関する話もするようにしています。

松島副院長

 どうしても服薬が難しい場合は、ロナセンテープを使うこともあります。
 また、これまでは誤嚥などのリスクが出やすい高齢の方や、食べ物を食べられない、飲めない方に対して手段に困っていましたが、そこに選択肢があるというのは我々にとって安心感に繋がると思います。実際に、効果もあるので、助かっています。

前田薬剤部・課長

 外来において家族の服薬確認の負担を考えると、ロナセンテープは視認できるので良い剤型だと思います。
 また、病棟ではスタッフが喜んでいます。毎回与薬に困っているスタッフから、ロナセンテープを採用する前に、早く採用してほしい、という意見がありました。患者様の状態によっては、服薬に抵抗され嚙まれたりすることもあったので、特に高齢者の病棟でロナセンテープは役立つと思います。あとは消化器系に問題のある方にも使いやすいと考えています。

ラツーダ錠20mg/錠40mg/錠60mg/錠80mgの製品基本情報(適正使用情報など)

ロナセンテープ20mg/テープ30mg/テープ40mgの製品基本情報(適正使用情報など)

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